「武道先輩！　あと少しです！」
「がんばるのだーっ！！」
　荒太郎と小麗の応援を受け、武道は少し姿勢を変えてバトンパスに備える。身長の差を考えたそれのおかげもあり、寿美礼は落とす事無くバトンを受け取ることが出来た。
「任せたぜぃ！」
「うんっ！」
　寿美礼は一本に編んだ三つ編みを揺らしながら、イルカさんビート板を持って走っていく。
「風鳥院！竹刀の持ち手を持って剣先をこっちへ！」
　助走しつつ御剣 刀がそういうと、鷲羽は頷いて抜刀。突きを放つ要領で刀へと竹刀を伸ばす！
「後はお願いしますっ！」
　鷲羽の言葉に、刀は目礼。そして……僅かに先を行った寿美礼を追って加速した。前傾し、親指の付け根辺りで地面を踏みしめる。力強い走りは只管前へ突き進む為のものだ。
（美味しいシーンは撮り損ねたくないけどね）
　夏帆は撮影の事も念頭に置き、絶妙な位置でエリカを抜くとそのまま結梨亜・カールシュテインへとカメラを渡した。
「ありがとう！」
「いってらっしゃい！」
　結梨亜は笑顔を浮かべると、さっそくコースアウトして応援に回るメンバーを撮る。彼女は主に観客を撮ろうと、笑顔を浮かべて走り始めた。その後ろではエリカが本条 小萩へとバトンをパスしようとしていた。手馴れた様子で赤紫の萩を加え、紫のリボンで纏めていく。
「がんばりますっ」
「行け、本条！」
　エリカに見送られ、小萩は走る。可憐な花々を風に躍らせながら、彼女はゴールを目指し始めた。
（やるだけの事はやった……）
　エリカは、走り去る小萩の背中を見送りながらそう内心で呟いた。

（みんな、いい笑顔ですね）
　邪魔にならぬよう、と外側のレーンを走っていた結梨亜。彼女は観客の様子を撮りながら、笑顔になっていくのを感じる。ふと、花びらに気付いて内側のレーンを見れば、小萩が花束を手に走っていた。一部の男子生徒が揺れる小萩のバストに注目している気がしたがまぁ、不可抗力といったところか。
（しかたないのです。小萩はかわいいし、走るとお胸が……）
　と小萩は微笑む。七色のリボンは風に靡き、花びらを零しながら走る小萩。なかなか絵になる光景である。その毀れた萩の花を見、彼女の脳裏に浮かんだのは『枕草子』の一説。

　――春はあけぼの　やうやう白くなりゆく山際　少しあかりて　紫だちたる雲の細くたなびきたる……。

　今がリレー中で無かったならば、そして、もっと静かな場所であるならば小萩は諳んじていたかもしれない。
（うーん、今は虹色のリボンとグラデーションの花束まで持っていて、さらに魅力が引き立っているかもしれません。でも、小萩のかわいさに花束とリボンのかわいさがかすんでしまっていたら……それはそれで問題ですぅ）
　そんな思考の小萩だが、徐々に先を行く面々に追いついていることを付け加えておく。
　一方、前方の２人は熱戦を繰り広げていた。部長としてみんなの思いを背負っている、と自覚している寿美礼はトップを守ろうと突っ走り、追い抜かんと刀が怒涛の追い上げを見せる。それでもなかなか越せないのは、気迫の差なのだろうか？
　刀は自分の中で最短距離を導き出し、内側のレーンのぎりぎりを走る刀。目の前には、隣のレーンで走る寿美礼の姿が見える。
（皆が繋いでくれたこの竹刀を持って、俺は１番でゴールラインを越える！）
　最速の誇りを持って、刀は突き進む。けれども、水泳部部長の誇りをかけている寿美礼も負けては居ない。それに、結梨亜が持つカメラのシャッター音が近づいた気がするし、小萩もまた花束を手に迫っている。
（ここが陸上だからって、負けてられないのよ）
　寿美礼が髪を跳ねさせながら駆けていく。僅かな差なのに、追い抜けない。のこり半周というところまで来て、刀は勝負を仕掛ける。
「いくぞ」
　小さく呟き、更に加速する。寿美礼も負けじと加速し、２人が並ぶ。その様子を見た結梨亜はふと、レンズをそっちへ向けてシャッターを切る。その間に小萩が追い抜き、花びらを零していく。その瞬間も捉えており後日とある写真展で入選するというのはさておき、結梨亜はにこっ、と笑ってその後を追った。

　先を行く刀と寿美礼の2人だが、徐々に刀が追い抜いていく。寿美礼は追い抜き返そうと奮戦するが、どんどん離されていく。
（小萩も奮戦しますぅ！）
　徐々に追い上げる小萩。その後を走る結梨亜はどことなくわくわくした様子だ。刀と寿美礼の差がとうとう２、３ｍも開いた時、刀は片手をぐぅ、と伸ばした。見事に手がラインを越え、ゴール！　走り抜けた刀を剣道部の選手たちが出迎える。
「素晴らしい１本だったねぇ！」
　幽がそういえば、刀は凛々しい笑顔で答える。一方、２位となった寿美礼は少しだけしょげ気味に手を合わせた。
「皆、ごめんっ！」
「気にしないで、佐々部長。みんなの走りでここまでこれたんだよ」
「そうそう！　部長ナイスファイトだ！」
「元気出して欲しいのだ」
　荒太郎、武道、小麗に励まされ、思わず泣きそうになる寿美礼であった。
　そして小萩、結梨亜の順でゴールし、第３レースは終わる。華道部のメンバーは出来上がった花束を最後に観客に見せ、一礼してパフォーマンス。非公式新聞部のメンバーは撤収後各自で撮った写真の選定も行った。
（これとかいいかんじだねぇ）
　と葵は脳内でチェックをつける。そして夏帆は見事に取れた写真の数々を見て「もしかして、天職？！」と呟いたという。

　こうして第３レースも無事終了。のこり４チーム、文科系同士の戦いとなった第４レースが始まる！