すでに三時を回り、そろそろ店をたたみはじめるブースも出てきました。
　タイムセールと銘打って、一気に半額セールをするところもあり、むしろここから、と頑張る人もあり……いずれにせよ、みんなそろそろ、終わりを意識しはじめたようです。
　真境名 アリサが会場にやってきたのはその頃のことです。
　しまった、と彼女は思いました。
　本日アリサはシーサイドタウンへ買い物に出かけており、買い物を済ませてからここに来たのです。シーサイドタウンから直接帰宅しようとしていた矢先、偶然このフリマの情報をキャッチしたのがきっかけでした。
「最初から海浜公園のほうに行けばよかったかなー」
　と言葉が漏れてしまいます。
　されどしかし、まだまだフリマは盛り上がっています。大半のブースはまだ続いているので諦めることはありません。ウキウキと弾む心でアリサは歩くのでした。
　楽しむ、楽しまないは自分次第。そうです、これが自由というものです。
　少し前のことです。アリサは故郷沖縄から出て、本土のブラック企業に勤めていたことがあります。
　いきなり『ブラック企業』と断じていますが実際、そう呼ぶしかほかにないくらい違法性が高い真っ黒な企業でした。残業代・休日出勤手当・有給休暇は当然のように存在せず、そればかりか『研修』名目で、やっと取れた休みの日すら洗脳じみた勉強会に出席を求められます。教祖といっても過言ではない『カリスマ経営者』を崇め奉ることを求められ、上司からの言葉の暴力は茶飯事、肉体的暴力も多数見聞きしてきました。社員の半分くらいは青い顔をしており、鬱病で脱落する者が途切れることもない……と、そんな最悪の職場だったのです。社長はクルーザーを乗り回し、複数所持する海外の別荘でテレビの取材を受けている一方、社員の給料はただでさえ安い傾向のある業界でも最低水準だったというのもひどい話です。
　あの頃は経済的にはもちろん、精神的にもロクなものではありませんでした。こうして落ち着いて買い物ができる今を満喫したい、そうアリサは思っているのです。
　ただ満喫するにしても、先立つものは必要です。ところがこのところ彼女の財布事情はちょっとばかり悪い。競馬の予想をたてつづけに外して割とピンチだったりするのでした。
　だというのに！　給料日までもうしばらく我慢が必要なこの時期、今日アリサはシーサイドタウンで比較的散財していまいました。もう危ないのです。主として食料が！
　なので今日はカップラーメンとかレトルトとか、そういう保存食を安く入手できるよう頑張ってみましょう。
　では行くぞー！　とばかりに張り切って出発したアリサですが、会場入りしてすぐ、予想外の光景に度肝を抜かれ一瞬硬直してしまいました。
「いい服ですね。試着いいですか？」
　と、アリサのすぐ目の前のブースで交渉していた小学生くらいの少女が突然、
「よいしょ……」
　いきなりシャツを脱ぎはじめたのです。よく見ると彼女、ブラジャーをしていないではないですか！
「ええー！」
　小学生くらいといっても胸はかなりあります。もちもちっとした質感で柔らかそう。アリサもそのあたりは負けていませんが、こちらは二十一歳の大人です。けれどもあの女の子は……。
　危ない！　と目を覆いかけたそのとき、女の子（もう皆さんおわかりでしょう。夕鈴翼です）は腕章を巻いた運営スタッフの女性（北風貴子です）にピリピリーっとホイッスルを吹かれ、なにやら叱られていました。
　いやあ、フリマって、意外と恐ろしいところなのかも……。

　椿美咲紀は現在、三宅葉月のブースに来ております。
「わ、何だか豪華な感じの服なのです」
　葉月の雰囲気は、どこか幻想世界の住人のようです。服も、夢見るようなデザイン。
　けれど残念、もうあらかた売れてしまったようで、あまり選べるものはないのでした。
　それでも美咲紀は、どうしても葉月の服を着てみたいという気分なのでした。『麗人』という言葉の似合いそうな彼女と、元気がとりえでゴーゴーゴーな（？）美咲紀はずいぶんキャラが違うと言えますが、違うだけに、憧れます。
　そこで美咲紀は勇気を出してこう言ったのです。
「ずばり、私に似合いそうな服を選んで下さいっ！」
「そうね……」
　断られることも美咲紀は覚悟していましたが、葉月がその白い手で、渡してくれたのは編上げフリルのスカートでした。

　さてアリサですが、彼女は上手く、カップラーメンなどの保存食を安く仕入れることができました。生ものは禁止ですが、保存食ならこのフリマでも販売できるのです。
　賞味期限には余裕はないものの、月末まで保たせるのなら楽勝、これでしばらく食べるものには困ることはなさそうです。
　他にも目移りはしますけど、もうこのまま帰宅するのが正しい姿勢といえましょう。
「さて、今日はこれでおしまい！」
　自分に言いきかせます。これ以上今月は無理がきかないから……なの、ですが。
　椎名あさひが店番をするブースに、アリサは釘付けになってしまったのです。
「うわこのグリーティングカード可愛い！　猫の写真だなんて……もうダメ、この可愛さには勝てないわ……！」
　しかもそんな素敵なカードが多数。
「すいませんこれ下さい。それとこれと、これと、これも！」
「うわーい、お姉さん、ありががとうございまーす！」
　そんなあさひの接客が気持ち良くて、さらに何枚か足してしまいます。
　結局、今月はもう、ほぼ無一文で過ごさねばならないほど散財しましたが、それでもアリサは自由を感じ、そして満足していたのでした。
　いいんです！　来月競馬で勝てば！
　……いいのかな。