北風貴子と伊賀解理は屋台でランチを終え、現在は会場を歩いています。
「まあ巡回を兼ねてということで……」
　解理はこう言いましたが、貴子はふっと笑いました。
「職務熱心なのは立派よ。でもまだ休憩時間中、緊急時でもあれば別だけど、いまはお客としてフリーマーケットを楽しみましょ。オンとオフの切り替えは大切よ」
　と言って髪をかき上げる貴子の横顔、その美しさ……解理は見とれてしまいます。オンとオフという言葉をさらりと使うあたりもさすが、キャリアウーマンっぽくて憧れるではありませんか。
「は……はい！」
　さて解理の場合フリマとなれば、すぐに古書に足が向くのです。
　古書がうず高く積まれたいい塩梅のブースを発見、さっそく発掘調査に入ります。
　運がよかったようです。解理の好みがたくさんあります。科学の本もいいけど、ミステリー系で面白そうな小説もごろごろある模様、さっそく彼女は、ちょっと前のベストセラーで気になっていたものを手に取りました。
「そういえばいいん……いえ、北風先輩はどんな本を読むんですか？」
　見れば貴子は、大正から昭和初期の古い童話集をめくっていました。
「このあたりの時代に書かれたものに興味があってね」
　ちょっと古風なところのある貴子には、確かに似合って見えました。
　さてこうして本を数冊ずつ抱え、次は服を売っているブースを探しました。
　するとふたりは磁石に引き寄せられるようにして、相原まゆのブースにたどりついたのです。　
「相原先生も服を売ってたんですねー」
「そうよー。よければ見てってねー」
　では遠慮なく、と貴子は一礼してからスカート類に手を伸ばします。けれど貴子が着ると、もれなくミニスカになりそうな怖れが……。
　一方で解理はインナーを手に取りました。丈的にはぴったりです。でも、おのれ……と歯ぎしりせざるを得ない。
　それは胸の辺りの余裕。詳しくは書きません。詳細についてはお察し下さい。
　まさか相原先生には負けていないと思っていたので、ちょっと悔しい。
　ですが解理は心の中で叫ぶのです。
　将来性なら負けてないぞちくしょぉ……と！

　本日、鬼崎 つくしには使命があります。
「出費は限りなく抑えないと……ですのでこのフリマはお宝の山ですね！」
　会場入口で自身の使命を確認し、きりっと表情を引き締めます。
　本邦初公開、ここでつくしの二つ名をご紹介しましょう。それは、「値切りのつくし」というものです。……まあ、自称ですが。
　つまり値切らせたら右に出るものがないということ。
　フリーマーケットというものは日本の市場経済のルールから、いささか逸脱した場所なのです。定価というものが、まるで存在しないのです。価格は実に流動的で、いつでも簡単に動きます。つまり価格のすべては、売り手と買い手の交渉次第ということです。
　ゆえにフリマでものをいうのは、コミュ力つまり交渉力！
　力なき者は高値に甘んじ、力ある者が安価をゲットする。抜刀した侍同士の真剣勝負に近いと思ってもらえればよろしい。
　やや青みを感じさせる銀の髪を揺らし、つくしはフリマという名の戦場に乗り込みました。
　お姉ちゃん用にアイドルＣＤを、私用に古本（※コミック＆学術本）を、と勇む彼女はさっそく売り手から声をかけられました。
「これ気になる？」
　ほんわかした黒髪のお姉さん（弥島純子）です。
「あ……は、はいっ！」
　おっと、気負いとはうらはらに弱気な回答ですね。でもこれはつくしが人見知りなせい。
「か、買いますが、ちょっとこの本、表紙に日焼けがありませんか？　CDもケースに傷が入ってますし……勉強していただけると……！」
　すぐにつくしは羊の皮を破り、狼の本性をあらわしました。ここでいう『勉強』というのは商人（あきんど）用語で『値引き』という意味です。
「そう？　なら両方とも半額で」
　あっさり、実にあっさりとお姉さんは負けてくれました。しかし狼はただでは眠らない。
「も、も、もう一声！」
「よし来た！　こちとら江戸っ子よ、じゃあそっちの彼のと合わせてさっきの値段で持ってけドロボー、てなもんよ！」
　ノリのいいお姉さんのようです。またまたあっさり負けてくれました。
　それはそうとして、『そっちの彼』って？
　視線をスライドさせてみると、つくしの真横には青木慎之介の姿がありました。彼は古いゲームソフトを握った状態で、
「あ、ども……ハワユートゥデイ？」
　と、どこをどう切り取っても間抜けな言葉を発して頭を下げました。どうやらつくしが値切っているのを見て、「こっちも！」とちゃっかり便乗していたようです。
「弥島！　ディスカウントしすぎだ！　しすぎ！」
　純子のイージー接客に気づいて喜多川怜子が激おこしている様子です。考え直される前にさっさと代金を置いて立ち去ったほうがよさげですね。つくしは足早にその場を去ります。
　おっと、もちろん、
「青木君、半額ね」
　彼から、購入代金の五十パーセントを受け取ることも忘れません。
　つくしの快進撃は続きます。
「このメイド服は、胸の大きいうちのお姉ちゃんに着せて接客させれば集客ＵＰですかね……！」
　と、霧生渚砂が販売しているコスプレ衣装も、きっちり価格交渉して約30パーセント引きで購入、さらに服を求めて奥の細道（心理的表現。本当は広い）をわけいっていくのでした。
　ここでつくしは、あまりにも意外な人物に遭遇することになります。
「あ、あなたは！」
　つづきます！