追うは、辻投げ軍団。
　追われるは、霧生渚砂ら六人。
　山中の夜のチェイスが始まりました。
　といっても、ただ闇雲に逃げているわけではありません。
　ひゃーと悲鳴が辻投げ野郎の一人から洩れました。どっと転倒して岩のように山を転げ落ちていきます。死んだり大怪我するほどの傾斜ではありませんが、これで多少は懲りることでしょう。
　これは修が事前に、草を結んで簡単な罠を仕掛けておいたものにひっかかったのです。罠は草のものにとどまらず、枝を曲げて幹に結び、その紐を切ってピシャリと叩きつけるものや落とし穴など、すぐ作れてそれなりに効果の大きいものがたくさんありました。
「こんのヤロ！」
　それでも追いつかれ、辻投げの一人に肩をつかまれるも、
「じゃ、隠し玉だ」
　と修は少しも慌てず振り返り、市販の材料で作れる自作閃光弾を投げつけて、その雷光のような輝きで相手を倒すのでした。
「わわ……ひっ！」
　辻投げはゴリラみたいな大男でしたが、小猿みたいな泣き声を上げて顔を覆いました。本気で失明させるほどのものではないものの、ゴリラ男は明日朝くらいまで、ずっと目がチカチカするかもしれません。
「良い子はマネするなよ。八神お兄さんとの約束だ」
「僕はマネしたいな」
「鷹取先輩！」
「いや冗談冗談」
　などと修と洋二がやっているすぐそばでは、深雪が狭い道に敵を誘い込み、獅子奮迅の戦いを見せているのでした。
「いつの間にか多対一か……ま、卑怯上等！　こっちも遠慮なく卑怯をやらせてもらうからな！」
　砂で目つぶし、猫だまし、大声で上を指さして見た相手に蹴り、そうしたテクニカルな攻撃の数々を、ろっこん由来の超速度で繰り出すのです。相手としてはたまったものではないでしょう。
　そんな深雪や修が倒した敵をぽんぽんと狭いところに押し込め、『ろっこん』のバリアで渚砂は蓋をして閉じ込めていきます。
　
　渚砂の力は発動するたび、光の波動が渦を巻き、それは地上の天の河のように、美しい光景を形作るのでした。
「どうしてこんな危ないことをするのか聞いてみたいけど……まあ、それは、終わってからだろうね」
　渚砂はバリアを紡ぐだけではありません。できるだけ安全な角度で敵を投げ、きっちり締め落として無力化したりしています。無駄のない、流れ作業のように進めていきます。
　野太い辻投げの腕が伸びてきて、みゆきに触れようとします。
「ちょっと、私は無関係……って言いたいけど、もう！」
　こうなってはみゆきも戦わずにはいられません。いえ、彼女の心の奥底にある『ガイア美少女 ノーラ・ブランネージュ』への変身願望が、このとき一気に吹きだしていました。
「その技、失敗ね！」
「なにっ！」
　柔道着の男は足を踏ん張ろうとしたのですが、なぜか運悪く足元が滑り体勢を崩しました。それはまるで、みゆきに攻撃のチャンスを与えたかのよう。
　柔道マンならば足元には常に注意しているはず。それなのに得意の柔道技を失敗したのは、なにか科学で説明できない力が働いたかのようです。（お察しの通り、みゆきの『ろっこん』がもたらしたものです）
「悪いことしたらだめっ！」
　みゆきは辻投げの腕を両手でとると、すっとこれを上げ振りかぶって、敵の関節を不自然な方向に曲げます。反射的に抵抗する辻投げですが、それこそみゆきの思うつぼ、前に出した右足を軸に、滑るように一気呵成、両腕を下げ繰り出したるは四方投げ！　合気道の基本技です。
　結果、辻投げが、投げられてしまう格好となったのです。
　さて乱戦のさなか吹き飛んだ辻投げが、よろめいて碧南の上に倒れかかれました。背は低いものの巨漢です。頭はいがぐり状の丸坊主。碧南の視界に一気に、その坊主頭がアップで迫ってきました。
　どでーん、と男は倒れました。
「わわっ！」
　碧南は間一髪避けましたが彼女の鞄のほうは間に合いませんでした。めきっ、と音を上げて男の下敷きになってしまったのです。
「いやあああああああああ！」
　火事場の馬鹿力というのか無意識の金剛力で、碧南は男を押しのけて鞄を取り戻し、開けます。
　……なんたること。
　買ったばかりの乙女ゲームの箱は無残、ばっきばきに砕かれていました。中身も、どう見たってプレイできない状態になってしまっています。
　ぶち。
　このとき、血管が五万本、一気に切れる音がしました。
「……死ね」
　と言ったが早いか碧南は、倒れている男に野獣のごとく飛びかかったのです。マウントポジション、つまり跨がった姿勢で、
「氏ねでも詩ねでもなくマジ死ね！　今死ね！　可憐な乙女の楽しみを破壊するゲスはすぐ死ね！」
　猛襲、百烈の猛打を浴びせかけたのでした！
「うっ、うわあああ！」
　男としてはたまったものではありません。暗闇の中だから相手の姿はまるで見えないのです。猫科の肉食獣、それもクーガーのような凶暴なものに襲われたかと錯覚し半狂乱になって逃れようとしますが果たせず、ただもがくばかりです。そこに、顔と言わず喉と言わず雨あられ、碧南の怒りのこもった拳が容赦なく降り注ぐのでした。
　爪も立ちます。
　血が飛び散ります。
　底冷えする怒りのオーラが、これでもかと押し寄せます！
　……実は被害としてはせいぜい擦り傷で大したことがないのですが、なにぶんこの状況です。いがぐり頭辻投げボーイは、トラウマものの精神的ダメージを受けたとみて間違いありますまい。
　やがて彼らは辻投げ軍団を全員捕まえてしまいました。さすがですね。
　なお鷹取洋二はその間ずっと、きゃっきゃと喜んでいただけだったということです。