とある放火魔と、白昼夢の話｜リアクション

とある放火魔と、白昼夢の話

■19:30　夢で見た人
　金髪にパーカー、ジーンズという夢に現れたままの格好をした男――吉野三郎が、アパートから出てくるのを見てねむるに緊張が走る。
　男は何かを探すように、視線をあちこちに走らせている。気付かれないよう、植え込みの影で身を屈める。やがて男は、探し物が見当たらなかったのか両手をパーカーのポケットに突っ込み、アパートの敷地内を出た。男が十分に離れたのを確認してねむるは植え込みの影から姿を現し、吉野の尾行を始めた。
　吉野がアパートから出てくるのを待つ間、ジニーから送られてきた資料には目を通している。おかげで、夢で見た家の候補を幾つかに絞ることが出来た。あとは、彼について歩けばおのずと判明するだろう。
「こちら武道、ホシの外出を確認、ドーゾ」
　ねむるの耳に、聞き覚えのある声が届く。辺りを見回すと、丁度自分とは反対側の植え込みに隠れるようにして、男を尾行する武道の姿が見えた。電話の相手は分からないが、自分と同じ男を尾行しているということは、彼も同じ夢を見た一人なのだろう。
　ねむるは電話が終わるのを待って、武道に近付いていく。
「あれ、武道くんも彼を尾行してたのね。せっかくだし、一緒に行かない？」
「うぉっ……ねむるくんかぁ。ってことはねむるくんも？　これは奇遇、ねむるくんが協力してくれるんならもうダイジョウブ☆」
　声を潜めながらも、武道の調子は変わらない。ねむるは小さく微笑んだ。
「はは……そうかな。ところで、今の電話、他にも協力してくれてる人がいるってこと？」
「ああ、真央ちゃんとか、陽太くんとか……結構いろんな人が同じ夢見てるみたいだぜぃ」
「そうなんだ。じゃあ、絶対に止めなきゃね。あ……曲がった」
　吉野が角を曲がったのを見て、二人は見失わないよう足を速めた。
　
　同時刻、天懸も吉野がアパートから出てきたのを確認していた。
　吉野の後をねむるがつけて行ったところまで見ていたが、声を掛けることは出来なかった。恐らく、彼も自分と同じ夢を見て、同じ目的で行動しているのだろうと想像はついたが、迂闊に声を掛けて吉野に気付かれるのも避けたかったし、それによりねむるが吉野を見失ってしまうのもまずいだろうと考えたためだ。
「俺は俺のすべきことをやるとするか」
　そう、独り言を呟いて天懸はポケットにしまっていた野球のボールをアパートの敷地内へ投げ込む。弧を描いて、ボールはアパート内へ吸い込まれた。
「あのー、すんませーん。ボールが中入っちまったみたいで、取りに行ってもいいっスか？」
　ぐるりとアパートの周りを歩き、たまたま見つけた管理人らしき老婆に声を掛ける。老婆は快く天懸の申し出を受け入れた。短く礼の言葉を告げ、ボールを探しているふりをしながら、管理人が自室に入るのを待って男の部屋へ向かう。都合の良いことに、窓の鍵が開いていた。
　ガラスを割らずにすんだことに感謝しながら、そっと窓を開けて室内へ入る。
　一人暮らしの男性らしく雑然とした室内を見回し、火をつけるのに使われそうな道具を探す。
「とりあえず、火がつけられねーようにすればいいだろ」
　天懸は自らのろっこんを発動すべく、右耳から出た血液を指先で掬い、古新聞に触れる。数ヶ月分まとめて紙紐で束ねられていたそれは、数秒とかからずにガラスへ変化した。
「おっし、他には……」
　出来る限り音を立てないように注意を払いながら、天懸は家捜しを続けた。