とある放火魔と、白昼夢の話｜リアクション

とある放火魔と、白昼夢の話

■19:00　火の用心！
「ああ……ここも危ないですね」
　ごみ置き場にしゃがみこむと、散らばったごみを袋の中に詰めなおす。燃えやすそうな雑誌類を隠すように、重なったごみ袋の奥へ押し込むと中途半端に掛かっていたカラス避けのネットもしっかりと掛けなおし、記士郎はごみ置き場を見下ろした。
　これで一見して、火がつけやすそうという印象は抱かないだろう。記士郎はそうやって、旧市街を見回っていた。
　既に陽は傾き、時刻は夜に差しかかろうというところ。自治会や警察に連絡も済ませたし、そろそろ出番かと所持していた拍子木に手を伸ばしかけたところで、耳に拍子木の音が届いた。
「火の用心～！　火の用心～！　マッチ一本火事の元、なのだ！」
　自分以外にも火事を警戒している者がいたのかと、そちらへ視線を向ける。ジャージ姿の小柄な少女――真央が、拍子木を打ち鳴らしながら歩いていた。
「んん？　お兄さん、どうしたのだ？」
　自分を見つめる視線に気付き、真央は記士郎へ近寄る。記士郎は柔らかく微笑んで、真央の手している拍子木を指差した。
「いえ、私と同じことを考えている方がいたものですから」
　ほら、と記士郎も拍子木を差し出してみせる。真央は、猫のような目を見開いた。
「お兄さんも、放火を防ごうとしてるのだ？」
「ええ。あなたも、夢を見たのですね」
　どうやら、同じ夢を見た者らしい。記士郎は頷いた。
「お兄さんも仲間だったのだ。真央ちゃんたちの他にも夢を見た人がいて、みんなで防ごうと動き回っているのだ。お兄さん、何か気付いたことあるのだ？」
「残念ながらまだ、特には。一応、自治体と警察には連絡を入れておいたので、多少は警戒してくれるかもしれませんが」
　ゆっくりと首を振る記士郎。真央は残念そうな表情を浮かべることなく、首から提げているスマートフォンを差し出した。
「それじゃ、何かあったら連絡してほしいのだ。真央ちゃんも、何かあったら連絡するのだ」
「はい、そうしましょう。あなたは、これからどうするつもりですか？」
　連絡先を交換しながら記士郎が問う。その声音には、自分よりも幼い少女を心配する色が浮かんでいた。
「真央ちゃんはこのまま見回りを続けるのだ。お兄さんはどうするのだ？」
「私も、見回りを続けようと思います。燃えやすそうなものを見つけたら、どうにかしておきます。二人一緒に見回ってもいいですが、それだと範囲が狭くなってしまいますね……」
「真央ちゃんなら大丈夫なのだ！　これでも身体能力には自信があるのだ♪」
「……そうですか。でも、くれぐれも気をつけて下さいね。危なくなったら、連絡してくれれば向かいますから。車もありますし」
　路上に停めた車を指さして記士郎は言う。真央は、スマートフォンに表示されている名前を確かめ、大きく頷いた。
「記士郎ちゃんも気をつけるのだ。じゃあ、真央ちゃんはもう行くのだ。火の用心～！」
　カチカチと拍子木を鳴らしながら遠ざかっていく真央の後ろ姿を見送り、記士郎は車に乗り込んだ。