とある放火魔と、白昼夢の話｜リアクション

とある放火魔と、白昼夢の話

■18:30 夢で見た場所
　山桜桃小鳥は不安を胸に、旧市街を歩いていた。
　今朝見た夢が胸をざわつかせる。自分が止めなくてはという強い気持ちがあった。
　何かの役に立つかもしれないと祖父の使っていたフルートを片手に、旧市街を歩いていく。夢の景色を頼りに、まずは放火の対象となる家を探そうと、青い瞳は忙しなく動いていた。
（――あれ？あの人……）
　小鳥の目に映ったのは、同じ中学に通う天懸の姿。話を交わしたことはないものの、立派な体格と、目立つ金髪に見覚えがある。
　遠く離れた位置から見るともなしに彼の行動を眺めてみる。目的地が定まっているというよりは、小鳥と同じく……何かを探しているように見える。
（もしかして、……でも、考えすぎ、かなぁ……）
　天懸が自分と同じ夢を見て、放火を防ぐべく行動しているのではないかと推測をする。それなら声を掛けて協力を依頼すべきかと、眉を下げて悩んでいるうちに天懸の姿は消えていた。どこかの角を曲がったのだろう、辺りを見回してみても目立つ金髪は見当たらない。
　小鳥は再び歩みを進めるが、手がかりが夢の風景だけではそう簡単に見つかるはずもなく、途方にくれながら手近な塀にもたれかかった。
「やっぱり、一人じゃ無謀だったのかな……」
　つい、そんな弱音が零れる。溜息をついて暮れかかる空を見上げていると、横から女性の声が聞こえた。
「どうしたんだ？」
　落ち着いた声の持ち主は、海神湊面。沈んだ小鳥の様子を見て、気まぐれに声を掛けていた。
　湊面は、小鳥の様子を観察しながら距離を縮めていく。
「少し、探している場所があるんですけど、なかなか見つからなくて。ええと、木造の家で、信号と煙突が見える位置にあるんですが」
　さすがに夢の話をするわけにはいかず、僅かな手がかりだけを伝えると、湊面の表情が変わった。湊面も、その光景には覚えがあった。といっても、実際に見たわけではなく小鳥と同じく、夢でその風景を見ただけなのだが。
「それは、もしかして夢、の話だろうか」
　心当たりがあるのだろう、湊面の様子に小鳥は目を瞬かせる。
「あ……もしかして、あなたも変な夢を見たんですか？　もしよかったら、ボクと一緒に調べてみませんか？　なんて……」
「変な夢とは、放火の夢だろうか？」
「そうです。一人より二人のほうが危なくないと思いますし……」
　だめですか？と目で問い掛ける小鳥。湊面は、一瞬思案するように表情を難しいものへと変えた。
「……わかった。夢は夢だと思うが、な」
「ありがとうございます！　ボク、山桜桃小鳥といいます」
「うちは、海神湊面。寝子高の一年だ」
「あ、ボクは中学二年です。よろしくお願いします、海神さん」
　安心したように微笑んで頭を下げる小鳥に、つられたように湊面も軽く会釈を返す。もたれかかっていた塀から背を離し、小鳥は湊面に向きなおった。
「それで、どうしましょう？　ボクは今まで、放火現場を探していたんですけど……」
「そうだな、引き続き家を探しつつ、怪しい人物にも気を配ろうか。うちが夢で見たのは金髪でパーカーの男、そういう人がいたら、尾行してみるのもいいかもしれない」
「はい、それじゃあ、ボクがまだ見ていないところを中心に探してみましょう」
　湊面は頷いて小鳥の半歩後ろを歩き出す。傾き始めた陽が、二人の影を長く伸ばしていた。