とある放火魔と、白昼夢の話｜リアクション

とある放火魔と、白昼夢の話

■23:00　走る放火魔
「ああ、今、空き家から逃げ出して走っているんだな。分かった」
　ジニーに吉野の居場所を確認し、仄は電話を切った。幸いにも、道を一本挟んだくらいの距離にいたらしい。油に似せたただの水が入ったボトルを掴む手に力を込め、仄が角を曲がると、吉野の姿が見えた。
　駆けてくる吉野の姿に、記士郎は拍子木を打ち鳴らすのをやめ、立ち止まった。夢の通りの姿に、あれが放火を企んでいる人かと警戒心を強める。
「すみません、少々、よろしいでしょうか」
　表面上はあくまでも穏やかに話しかけると、吉野は心底嫌そうな表情を浮かべた。
「そうお時間は取らせませんから……」
　記士郎の態度に渋々立ち止まる吉野。辺りを気にする様子からするに、何かに追われているようだ。
　記士郎は、どうにか時間を稼ごうと適当な話題を振る。
「この辺りで、猫を見ませんでしたか？　茶色いトラ柄の猫で、緑色の首輪をつけているのですが……」
　困ったように眉を下げながら、意識してのんびりと問い掛ける。吉野の身体が、小さく揺れた。
「ああ、失礼した」
　どうやら、誰かがぶつかったらしい。ぶつかってきた少女――仄は黒髪を揺らし、慇懃な様子で謝罪をする。何故か、手には油のボトルを持っていた。
「猫？　知らねぇな。こっちは急いでるんだよ……！」
　記士郎の問いかけに乱暴な返事をすると、止める間もなく走り去ってしまった。方向からして、あちらには倉庫があっただろうか。
　記士郎は携帯で連絡をする。犯人らしき男が倉庫の方へ走っていったこと、自分もこれから追いかけることを伝えると、車に乗り込み、倉庫へ先回りをする。
　気がつくと、仄の姿はなかった。仄は、ぶつかった時に吉野の持っていたサラダ油のボトルを、自分が用意したボトルに入れ替えるとすぐに走り去った。