月とうさぎとメイドと喫茶と。｜リアクション

月とうさぎとメイドと喫茶と。

　客席から下がっていく月は、八神修が座っているのを見つける。
　修は黒猫の橘と戯れている。

　時刻は少し巻き戻る。
　彼がこの店に入ったのは、イベントが目当てではなかった。
　黒猫が店長の店があると聞き、自分の黒い子猫のブラックと引き合わせることができないか、と考えての来店だった。
「お帰りなさいませ、ご主人様！」
　だから、修はこの店がメイド喫茶であることも知らなかった。
　入ってすぐの特徴的な挨拶に面食らう。
　その上彼ら彼女らはうさぎの耳をつけ、しっぽもうさぎである。
「これは一体？」
　と思わず近くにいた勇に尋ねる。
「今日はうさぎと月イベントなのでございます、ご主人様」
　完璧な接客スマイルで答える勇に、修はなるほど、と頷く。
　男もうさぎなのか、と考えながら、それならメイドもただのコスチューム、と割り切り、彼はテーブルに着く。
「ところで橘さんっていうのは……」
「はい、自分ですが」
　と、勇が答える。
「えっ、に、人間に化けられるのか？」
「あ、失礼いたしました。店長の橘でございますね。ただいま呼んでまいります」
　なんだそういうことか、びっくりした、と修は胸を撫で下ろす。
　やがて勇が連れてきた黒猫の橘は、即座に修の膝の上で丸くなり始めた。
「ずいぶん懐かれていますね」
　勇がそう言うと、
「そういう体質なんだ」
　修は答えながら、黒猫の橘の喉元を撫でる。黒猫はごろごろと気持ちよさそうに喉を鳴らす。
「ところで、今日は俺の飼っている猫も連れてきたんだが、出しても構わないか？」
「えーっと、それは……」
　勇は許可を出していいものか、逡巡。すると、
「もちろんですわ、ご主人様」
　どこからともなく現れた万里がにこにこと答える。
　修の黒い子猫、ブラックは橘さんとさっそくにゃあにゃあと何やらやりとりしはじめた。
　修はその様子をそっと見守る。
「暴れないで良い子に遊ぶんだぞ」
　そこでブラックは黒猫の橘に猫パンチ。
　驚いた橘は駆け出し、璃亜にぶつかった。
　先ほどのハプニングの顛末は、こういうことなのだった。

　修は三日月ドゥーブルフロマージュとコーヒーを飲んでいる。
（なるほど、悪くない。店構えも落ち着いているし、メイドのコスチュームを除けばいたって普通のいい喫茶店だな）
　と、ひとりごちる。
　その時、視界の向こうに真央を見つける。
「あっ、修ちゃんなのだ！　……じゃなかった、ご主人様、何かご用ですかなのだ！」
「いいアクセサリーだな、似合っているぞ」
「へへ、うさぎさんなのだ！」
　修は微笑み、それから思い出したように、
「そうそう、真央が拾ってきた八匹のハムスターだけどな、最後の三匹が里親に貰われたぞ」
「おお、それはよかったのだ！」
「小さくても命だからな。疎かにしたくなかったんだ」
「うんうん、修ちゃん、ありがとうなのだ」
「どういたしまして」
　と、修は小さく笑う。
　それから、
「まだ俺のハムスターが残ってるから会いにきてやってくれ」
「わかったのだ！　なんて名前なのだ？」
「アレキサンダー」
「おお、なんかかっこいいのだ！　会いに行くのだ！」
　そこへ月もやっってきた。
「八神さん……じゃなかった、ご主人様、お帰りなさいませ」
「なんだ、月もバイトしてたのか。しかし、なんでまたバイトなんて？」
「そ、それは秘密です」
　彼女には修にはバイトの動機を秘密にしなければならない理由があった。
　バイト仲間たちには金欲しさ、と言ったが、それは修ら日頃お世話になっている人たちへの誕生日プレゼントの資金源なのだった。
「ふーん、メイドに興味があったのかな？　とも思ったけど、その格好だと違うよな」
　修は月の執事服を指さす。
「別にメイドには興味ありません」
　月はそう言ってから、
「それでは失礼致します」
　お辞儀して去って行く。
「あいつらしいな」
　と、修は苦笑する。

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