寝子島大橋をわたって｜リアクション

寝子島大橋をわたって

「今日もねこ電をご利用頂きまして、ありがとうございます。この電車は、鎌倉行き各駅停車でございます……」
　車掌ののんびりしたアナウンスが響き渡る。天気のいい休日、やはり遠出する人は多いのだろう。電車は普段よりもかなり混み合っていた。
「わあ、すごく混んでるねぇ～」
　夢宮瑠奈は、傍らの七音侑に話しかけた。
「んー、ちゃんと乗れるかにー？」
　侑は特有の不思議な口調で答えた。
「でも、瑠奈と出かけるなんて久々だね。ずっと予定が合わなかったから、今日は嬉しいに」
「うん、あたしもすっごく楽しみにしてた！」
　二人は、桜花寮で同室のルームメイトなのだ。人ごみに飲まれながら、瑠奈と侑は電車に乗り込んだ。
「わぁ、予想以上の人手だねぇ。潰されそう……」
「うにに……夏休み終わったけどやっぱり混んでるにー。うー、潰されるぅ……」
「鎌倉は人気スポットだもんねぇ。終点までなんとか耐えるよ！」
「でも、人が多すぎて瑠奈とはぐれそう……」
「そうだね―――侑ちゃん、手、繋ぐ？」
「うん、いい考えだにー」
　各駅停車の列車は、のんびりと二人を運んでいく。

「抜けるような秋晴れ。旅行日和ですね」
　星が丘寮の窓から空を見上げた御巫時子は、右肩にいるヨタカさんに話しかけた。
「ちょっと寝子島の外まで、足を伸ばしてみましょう」
　時子は、すっかり和風に改装された自室を横切り、たんすを開けた。暑くなりそうだから、外出着は水色の薄手のワンピースが良さそうだ。
「行ってきます……」
　ヨタカさんを止まり木に預け、時子は寮の自室を後にした。

　詠坂紫蓮が待ち合わせ場所に着いたときには、諸星譲はすでにバイクを止めて待っていた。紫蓮に気づいて手を振る譲に、紫蓮の方も手を振り返す。
「おはよ、譲兄さん。今日はお誘い、ありがとね」
「気にしなくていいよ、こないだ誕生祝いしてもらったからね。そのお礼さ。今日は好きなとこに連れてってあげるよ！」
　さわやかな様子で言う譲に対し、紫蓮も屈託なく答える。
「うん、折角バイク出してくれたから、島を出て、海沿いを走って箱根までいけたらな、って」
「箱根かぁ、いいところだよね。よし、それじゃ後ろに乗って！」
「あ、えっとね」
「どうしたんだい？」
　少しためらいを見せた紫蓮に、譲は不思議そうに訊く。
「私、バイク乗るの初めてなのよね……」
「そうだったのか。大丈夫だよ、しっかりつかまってれば」
　譲は、紫蓮を安心させるように、ぽん、と軽く頭を撫でた。
「うん……安全運転でね」
「分かってる、心配しなくていいよ」
　それでも、ヘルメットを被ってバイクにおっかなびっくりまたがった紫蓮は緊張した面持ちだ。
「さ、しっかりつかまって。バイク乗るとさ、風になった気分になるんだよ。二人で風になろう！さ、しゅっぱーつ」
　乾いたエンジン音とともに、二人を乗せたバイクは走り出した。
　頬に当たる風は気持ちよく、たしかに風になったようだった。でも、初めて乗るバイクはやはり、少し怖い。紫蓮は心持ち、譲に強く抱きついてみた。体を押し付ける感じになるが、譲兄さんなら、きっと気にしないだろう。体をくっつけると、不思議と怖い気持ちはなくなった。
「橋渡ると、寝子島から出たんだーって実感するね。しばらくは海沿いの道を走るよ」
「うん。海沿いをこんな速さで走るの、初めて」
「こうやって眺める海も、普段と違ってていいでしょ？」
「そうね、家族と車で走った事はあるけど、バイクだとまた違うなぁ。風がすごく、気持ちいい。―――ふふっ」
「ん、どうしたの？」
「なんだか、嬉しい気分なの」
　風になった二人は、海岸線に沿って西へと走っていった。