寝子島大橋をわたって｜リアクション

寝子島大橋をわたって

「そうだ。箱根、行こう」
　温泉に、綺麗な景色。日帰りで帰って来られる距離。日頃の疲れを癒すにはちょうどいい。行き先を思案していた伊予祐は心に決め、呟いた。どこかで聞いたようなフレーズだが、気にしない。
「今日はお休み～、温泉浸かって癒されよ～」
目的地も決まって陽気な気分になった祐は、勝手な歌詞と勝手な節回しで歌いながら、寮の裏手にあるガレージから愛車を引き出した。誰にも気を使わない、気楽なひとり旅の始まりだ。そして、まさにエンジンを掛けようとした瞬間―――
「あら、どこかへお出かけですのね」
「そ、その声は―――優菜お嬢さんじゃないですか」
　寮の住人、久良木優菜に捕まってしまった。
「かっこいいバイク乗りさんがいらっしゃると思ったら、寮でよく見かけるお方だったのですね！」
「ちょっと待って……寮の執事なのに、名前覚えてくれてないの……伊予祐だよ！」
　優菜の「寮でよく見かけるお方」呼ばわりに、祐は若干凹む。
「えーと、祐さん、ですか。今日はお休みなんですね」
「うん、ちょっと出かけようと思って」
「お出かけ、ですか―――」
　小首を傾げて一瞬思案顔になる優菜。邪気のないその仕草だったが、祐に一瞬嫌な予感が走る。
「お出かけ……私、バイクに乗ってみたいです！お願いします、連れてってください！」
「ええと……俺、休日なんだけど。それに寮の子を連れ出して何かあったら困るし……」
「お願いします！報酬はきちんと支払いますから！」
「いや、そういう問題じゃなくてね」
　祐が対応に困っていると、今度は小さな影が近づいてきた。
「だー、朝っぱらからうるさいなぁ、タス。何の騒ぎだ？」
　声の主は、霧生穂月だった。
「あれ、そのカッコ、どっか行くの？」
「今度は穂月さんか……ちょっと箱根まで行こうかと」
「へぇ……広告は何回も見たことあるから行ったことないんだよね。ねえタス、連れてってよ！お金ならあるしさ！」
　両側から攻撃を受ける形になった祐は、とうとう降参した。
「わーった！付き合ってやるよ。二人とも連れてくから！いいでしょそれで！」
「わぁっ、リムジンや飛行機以外でのお出かけは新鮮です！」
「やった！家族旅行に行くような家じゃなかったから、観光地なんて行ったことないんだ」
　喜ぶ二人を尻目に、祐はガレージに戻る。バイクで三人乗りはできないから、サイドカーを引っ張り出してこなければいけない。
「準備はいいか？ちゃんとつかまってろよ？」
　サイドカーの横の座席には優菜、運転席の祐の後ろには穂月が座る。
「大丈夫だよ、ヘルメットもかぶったし」
「初めてのバイク……わくわくします、ドキドキします！」
「でもなあ」
　後ろの席の穂月は少し不満げな顔をする。
「前が見づらいのは地味にやだなぁ。ま、いいか。ムカついたらタスでも殴って暇つぶしするから」
「って、それは勘弁してくれよ！」
「さ、出発！お嬢さんに怪我はさせるなよ！」
「言われなくてもわかってる！あと、今日のはほかの皆には内緒な！」
　お気楽でマイペースな二人、プラス彼らの引率一人は、エンジンを吹かせて出発した。まもなく、海岸線に沿った道に出る。
「ふう、風が気持ちいい！これだからライダーはやめられないな！」
　祐の言葉に、優菜も同意する。
「ええ、こうやって浴びる潮風って、とても気持ちいいですね」
　愉快な三人組の箱根への遠足は、こうして始まった。

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