寝子島大橋をわたって｜リアクション

寝子島大橋をわたって

「やったー、車だー！」
　小島海美は大はしゃぎで玄関から駆け出した。
「ほらほら、走ると危ないぞ」
　父、小島陸も愛妻とともに続いて家を出る。今日は、小島家のお出かけの日だ。
「暑くなりそうな陽気ね、あなた」
「ああ、でも上天気で良かった」
　家族を愛するマイホームパパの陸は、飛び回る娘を見て目を細めた。最近、海美に中国人の友達が出来たらしく、よく嬉しそうにその子のことを話してくれる。そろそろ家族サービスを……と思っていたところだったので、海美が中国のことを勉強できるよう横浜中華街に出かけることにしたのだった。
「さあ、ちゃんとシートベルトを締めるんだぞ」
　陸は妻と娘の安全確認をすると、マイカーを発進させた。
　寝子島旧市街を経て、島と本土を繋ぐ寝子島大橋へ。窓を開けると、９月の陽気とともに心地よい潮風が入ってくる。
「あ゛あ゛～」
　海美は窓から顔を出して、声が変わるのを面白がっている。
「こらこら、運転中にそんなことしたら危ないから、やめなさい」
　陸は注意するが、声の調子は優しい。
「は～い」
　海美も素直に従った。幸せそうな家族を乗せて、車は本土へと走っていく。

　
　シーサイド駅前発、箱根温泉行きの観光バスは、出発の時刻を控えて徐々に人が増えてきた。
　ソフィ・Ｃ・リードホルムは、きょろきょろと周囲を見渡しながらバスに乗り込んだ。福引の温泉旅行に当たって、せっかくなのでやってきたわけだが、世代の近い人はいるんだろうか？温泉というと年齢層が高めなイメージだが……。
　もともと島の外出身なので、島外に出ることにそんなに感慨はない。だが、日本風の物を集めるのが好きな性分なので、温泉旅行自体は楽しみだ。初めての温泉旅行を機会に知り合いを作りたいところだが、さて、友達になれそうな人はいるのか……？
　彼女の心配は杞憂だった。窓際の席に、高校生くらいのおさげの女の子が座っている。普段は人見知りなソフィだが、今回は頑張ることにする。
「あの……お隣、いいですか？」
「いいですよー」
　少女は間延びした独特の口調で答えた。
「年近い人がいて良かったですー。本当はおじーちゃんに行かせてあげたかったんだけど、今日は用事だったみたいで……」
「そう、だったんですね。でも、同世代の人に会えて良かったです」
「本当ですねー。私、屋敷野梢です、よろしくー。やっぱり年配の人が多いですけど、思ったよりは年代ばらけてますねー」
「ええ。私は、ソフィっていいます。こう見えても、日本生まれの日本育ちです」
　話しやすそうな人に会えて良かった。ソフィが思っていると、バスのエンジンがかかり、振動し始めた。いよいよ出発の時間だ。
「皆さんおはようございます、本日ガイドを務めさせていただきます、司馬佳乃と申します。よろしくお願いします！」
　ガイドの女性がマイクを取って挨拶をする。元気良くハキハキした印象だが、こころなしか目が充血しているような……。大型観光バスは、ゆっくりと動き始めた。

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