寝子島大橋をわたって｜リアクション

寝子島大橋をわたって

「買い物に夢中になってたら、ハラ減ったなぁ」
「せっかく横浜まで来たし、中華街行かねぇ？」
「お、いいなそれ」
「なんかさ、食い倒れしたい気分なんだ。うん、気晴らしだ気晴らし！」
　ホビーショップをでた柊沢北斗は、宇佐見望月の提案に賛成した。

「うっわー、何処の店見ても、テイクアウトの肉まんだらけ！これ見て、ブタの豚まんだってさ、おっかしー」
　望月は、中華街に並ぶ屋台にはしゃぐ。移動したふたりは、さっそく目に付いた食べ物を買い食いし始めた。体育会系の育ち盛り男子二人の食欲は底なしだ。
　ビッグサイズの肉まんもあれば、一口肉まんもある。他にも焼売や揚げ物も売っているし、月餅やゴマ団子のような甘いものもある。北斗と望月は、とにかく食べ続ける。
「お、こっちはカエルの色した餃子だってよ！」
「なあ、望月。さっき気になったんだけどよ」
　北斗が、口を動かしながら言う。
「気晴らしとか言ってたけど、何かあったのか？」
「んあ？」
　望月はぱんだまんをほおばったまま考える。
「……忘れちった。だいじょぶだいじょぶ、気にしないで！」

　人がごった返す中華街。八神修は、風間とともに自転車を押して歩いていた。
「評判の有名店、『華猫楼』で昼食にしよう」
　修はタブレット端末を開き、場所を調べる。高級料理店「華猫楼」を見つけるのに、さして時間はかからなかった。
「人が並んでいる―――トラブルでもあったのか？」
「修様。予約していない方はこうして並ぶのですよ」
　店は必ず予約してはいる修には、並ぶという概念がないのだ。
「ランチと一緒に、肉まんも頼もう」
　フカヒレ料理が売りの北京料理もいいが、中華街に来たなら肉まんも味わいたい。
「うん、本格店の味は素晴らしいね。低温発酵させた皮はもちもちしていて、それでいて重たくない。中身の肉は油気を抑え、しっかりと肉汁が染み出ている。丹精込めて作られたことが一口食べただけで分かる……」
　風間相手のグルメレポート状態だ。
　ランチは3000円プラス税、別途10％のサービス料というお値段なのだが、修の感覚だと安い。風間の分も一緒に、カードで支払う。
「そうだ、お土産買わないと」
　品は―――やはり、王道の月餅だろう。

　店を出てふらついていると、修は見知った顔に出会う。
「おや、宇佐見先輩！」
「あ、修ちゃんじゃない！」
　宇佐見望月だった。
「お、知り合いなのか？」
　となりの柊沢北斗も修を見る。
「あれ？修ちゃんもしかして、島から自転車で来たの？」
「流石に違いますよ、中華街駅からレンタサイクルです」
　望月の問いに、修は笑って答える。
「やー、偶然ってあるねえ。よかったら、ちょっと一緒に散歩してかねぇ」
「せっかくだもんな。無理にってわけじゃないけど」
　二人の誘いに、修は喜んで乗ることにした。
　横浜で過ごす時間は、まだたくさん残っている。

　好きな人がいる―――そう明かした瞬間、悠里と菫の目つきが変わった。
「え、どんな人？」
「ねえ、教えてよ！」
　たちまち問い詰められる紅林柳霞だったが、もう腹はくくっている。
「まだ付き合ってはいないけど―――その人はね、年上のパティシエ。優しくて思いやりがあって、でも譲れない部分をきちんと持っている、芯の強い人よ。ちょっと照れ屋さんだけど、彼のそばにいると安心できて、ずっと近くにいたいって思うの」
「デートに行ったりはした？」
「うん、一緒に流星を見たり、買い物にいったり。そのときは、時計を一緒に選んだの。それから彼のお店の片付けを手伝ったり……不思議な力で倒れてしまったときにはそばにいてくれた。いろいろあったけど、近くにいたいって思いは変わらないわ」
　柳霞は、その人の横顔を思い浮かべながら言う。ふたりの友人に聞かせているというよりは、自分の思いを口に出して確認しているかのように。
「う～ん、甘酸っぱいねぇ」
「そこまで気持ちが固まってるなら、告白しちゃえば？」
　菫の言葉に、柳霞は困ったように笑みを浮かべた。
「彼を困らせたくないから。自分の気持ちを押し付けて、嫌われたくないの」
「でも、柳霞はその人のこと、好きなんでしょ？」
「うん、好きよ。我慢できないくらい―――大好きなの」
　ふたりの友人を前に、柳霞は念を押すように繰り返した。好きと言える人がいること。それを話せる人がいること。なんだ、私は十分すぎるほど幸せじゃないの。私の選んだ進路は、間違っていなかった―――柳霞は思った。

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寝子島大橋をわたって

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