寝子島大橋をわたって｜リアクション

寝子島大橋をわたって

「おお、ここが箱根湯本かぁ～！」
　霧生穂月は、興奮気味にサイドカーを降り、周囲を見渡す。観光地だけあって、なかなかの人出だ。
「ここからはサイドカーを止めて、登山電車に乗るぞ！」
「本当に嬉しいです！普段はそういうものには乗れませんので」
　伊予祐の言葉に、久良木優菜は心から嬉しそうに反応した。
「土産屋ばっかりだなぁ。あっ！饅頭作ってる店ある！買っていい？」
「穂月さん、昼ご飯入らなくなるよ！混む前に登山電車に乗るぞ！」
　祐はもはや遠足を引率する先生状態だ。
「へえ、登山電車って、いったん後ろに下がって進むんだ」
「わあ、山の緑がすごく綺麗です！紅葉しかけてるところもありますね！」
　穂月と優菜は、「先生」の気苦労も知らずはしゃいでいる。登山電車の次はケーブルカーに乗り込む。
「ケーブルカーって、本気で走れば追いつきそうな速度なんだね」
　穂月の言葉に、祐は返す。
「試してみる？下は山道だけど」
「やるわけないじゃん、冗談だよ！あれ、耳がキーンとしてきた……」
「ずいぶん、標高も上がったからなあ」
　二人のやりとりに、優菜は思わず笑った。
　ケーブルカーからロープウェイに乗り継ぐと、いよいよ大自然の中という風情になる。
「刻々と変わる自然の様子。自然のままの山の趣。ああ、いいねえ」
　祐が窓外を眺めつつ言う。
「わわ、ロープウェイってすごいですね！私たちが動くと揺れるんですね！少し怖いけど楽しいです」
　優菜は小さな子供のようになっている。
「あのロープ、切れたらどうなるんだろ」
「き、霧生さん、怖いこと言わないでください！」

「着いたぞー！今日のメイン、大涌谷！」
　三人は、火山の織り成した奇観の観光地、大涌谷にやってきたのだった。
　天候も快晴、雄大な景色を思う存分眺めることが出来る。遠くにそびえる富士山、そこかしこから吹き出ている煙。全てが物珍しい光景だった。
「素晴らしいです！」
　優菜は、到着するなり景色を眺め、写真を撮り、案内板を読んで忙しく過ごし始めた。
「かつて地獄谷と呼ばれた場所、大涌谷。今もなお、地球と火山の神秘を伝え続けるのである！」
「タスうっさい！誰に喋ってんの？わ、しかもタス腐った卵くっさい！」
「いや、俺が臭いんじゃないよ？」
「そうですよ、案内板には硫黄の臭いって書いて……ごほん、ごほん！」
　優菜はうっかり煙を吸い込み、むせた。
「本で読んだことはありましたが、実際に見るとすごい迫力ですね……イメージと全然違います。あれ、黒たまごなんてあるんですね！」
「食べたーい！いいでしょ、タス」
「しょうがねぇなあ」
「せっかくなので、皆で食べましょう！お代は私が払いますから！」
「別にいいよ、優菜さん」
　大涌谷名物・黒たまごに、優菜と穂月は興味津々だ。
「本当に黒い……着色料ではないんですね」
「これも硫黄なんだってさー」
　二人の会話を、祐は温かく見守る。なんだかいきなり二児の父になった気分だな―――なんてね。祐は心の中で笑った。