【Memento mori】

　一台のバイクが公園内に侵入。
　そのまま草薙と滝川へ向かって車輪をブチ当てた。
　全員が何が起きたか分からなかった。
　気が付いた時には、２人はバイクに撥ねられていた。
　これで重傷者は３名。
「七男！」
　桜庭が叫ぶ！
「――やあ、円ちゃん！　また会えて嬉しいよ！」
　ヘルメット越しに答える七男。
「前回の教訓で、顔出しＮＧって事で許してね？　あ、この２人、ののこ様に手を出したから死刑！」
「そういうことじゃないだろ！！」
　芹沢はすぐさま救急車を手配。
　神出鬼が黒依を連れてきた。
「あなたが、セブン……！」
　憎悪を込めて七男を睨むも、ひとまずは米太郎の応急処置を行う黒依。
　自らを傷付け、歌いながらその血液で癒すろっこん『セイレーンの血』だ。
（駄目だわ、血が足りない！）
　だが、再生速度が追い付かない！
　黒依、貧血寸前まで粘って、せいぜい米太郎の動脈血管を再生させることしかできなかった。
「私もやりますぅ！」
　牡丹が滝川と草薙に包帯を巻き、ろっこん『傷移し』を発動するが……。
「いやああああああああ！！！」
「あー、２人とも全身複雑骨折だよ？　君の身体に転移させてるんだろうけど、自殺行為じゃないかな？」
　七男の言うとおり、30秒も持たないうちに牡丹は吐血して昏倒。内臓までダメージを受けたらしい。
「あーあ、毒ガスヘリ、ぜーんぶ壊されちゃった。ヘリのカメラから状況把握できたからね。折角三寮潰して、ののこ様にはぼくの家に住んでもらうつもりだったのに」
「見損なったよ、七男！」
　桜庭はののこのいる桜花寮だけには爆弾は仕掛けないと信じてたからだ。
「でも、まだ“１つ残ってる”んだ」
　胸元から黒い箱状のものを取り出すと、スイッチを押し込もうとする七男！
「させません――！」
　突如、アネモネが神出鬼と共に瞬間移動！
　七男に抱き着き、スイッチを奪い取った！
「この――！」
　七男はすぐさま振りほどき、アネモネの首を締め上げる！
　そこへ投げ込まれる爆竹！
　七男が破裂音に怯んだ隙に、アネモネは再び神出鬼の手で脱出する。
「早く逃げるのだ！」
　李は次々に爆竹を投げ込み、全員の撤退を促す。
　笠原も癇癪玉を投げ付けて足止めを図る。
「さぁ、野次馬のみんなも早く逃げて！」
　神野も絵の具入り水鉄砲をヘルメットへ向けて噴射し、視界を遮りに掛かる。
　野次馬たちもようやく危機感を自覚できたのか、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
　だが、この惨状の中、屋敷野はどうしても聞きたいことがあった。
「貴方にとって貴方はイエス？　愚かな民？　それとも罪の女……！？」
「ん、聖書の『姦淫の女』の話かい？　そうだね、ぼくは『罪の女』かな？」
「じゃあ、私たちは？　……ののこさんは？」
「決まってるだろ、君たちは愚民、ののこ様はイエス様さ」
　全く答えに迷いがなかった。
「では最後に、本当に貴方が守ろうとしてる人は、誰？　例えば、全てのもれいびが消えた時……、その力は、誰の為に使うんですか？」
　その問いにからからと笑い声を立てる七男。
「ぼくの全てはののこ様のために。実際、ののこ様を殺さんとする輩がいただろう？　ぼくが守らないでどうするんだい？　それに、ぼくが最後のもれいびになったら……」
　誇らしげにはっきりと言った。
「潔く自決するッ！　そしてののこ様はらっかみに戻れる！」
「もれいびを消すのではなく、共存は無理でしょうか？」
　森が懸命に訴えかけるも、七男は首を縦に振ろうとしない。
「無理だね。神に仇為すもれいび、ろっこんを悪用するもれいびがいる限り、ぼくたちは誰にも理解されないし、共存もできないよ」
『あなたは　りかいしゃが　ほしいの？』
　小山内も七男に尋ねた。
「おや？　君もいたんだ？　そうだなぁ、理解者は欲しいところだね。ぼくだって出来れば人殺しなんてしたくないんだ。簡単な話、もれいび全員が罪を自覚して、自刃すればいいんだよ」
　……もはや掛ける声が見当たらなかった。
　ただ１人だけ覗いて。
「おい、セブン！　よく聞け！」
　御剣が木刀をセブンへかざす。
「俺は『もれいび』を『ひと』に戻す、その方法を見付けてみせる！」
「無理だね、そんなことはできない！」
　七男の反論など意に介さず、彼の怒号は響き続ける。
「お前がフツウを守るためにもれいびを殺すのなら、俺はフツウを守るためにろっこんを殺そう。もれいびを殺す事でしかフツウを守れないと決めたお前には負けない！　お前には殺されない、これ以上誰も殺させない。俺の持つろっこんが罪だというのなら、俺は幾らでも罪に塗れてやるよ。この力でしか守れない物があるんだ！　それを認められないというのなら、いつでも来いよセブン。お前がやるなら俺がやり返す――」


「俺が『憤怒』だ……！」


　ヘルメット越しに七男がニヤリと笑った気がした。
「俺の名前は御剣 刀だ。裁くなら先ずは俺を裁いてみせろ、てめぇじゃあ絶対に無理だけどな！」
　ガチンッと鉄撃が落ちるイメージが浮かぶ。
　その刹那、御剣は七男の背中に高速移動、木刀を右肩に寸止めしていた。
「加速、完了……！　これが真剣だったらその腕、切り落としてるぜ……！」
「いいね！　すごくいい！　でも今回は仕切り直そう！」
　不利を悟ったのか、エンジンを蒸してその場から立ち去りだす七男！
「待て、逃げんな！」
　引き留めようと笠原がバイクに飛び掛ろうとする！
　だが、七男は小型のナイフを笠原に同時に３本投げ付けた！
「ぐぅっ！？」
　右肩、腹、左腿にヒットし、追撃不能となる笠原。
　これ以上、徒らに怪我人を出すわけには行かない。
　――遠ざかるバイクを、見送るしかできなかった。

　芹沢は自身の無力さを感じていた。
「俺のろっこんは、人を守ることすらできないのかよ……！」
　それは八城も同様だ。
「俺がもれいびだったら、みんなを救えたのか？」
　森は涙を流していた。
「どうして、分かり合えないのでしょうか……？」
　三月は呆気に取られていた。
　圧倒的な暴虐に、為す術などなかったのだ。
「セブン　平気で　人を　殺す……」
（悪人を裁く為と言っているようですが人の心は神様でも分かりえません、傲慢なのも大概にしてください！）
　彼女の裏人格が憤っていた。

　屋敷野は救急車の音が近付いてくるのに気が付いた。
　サイレンの音で記憶が呼び起こされる。
「私の親友は……、私が殺したんだ……」
　彼女の罪は、単なるわがままだったのに。
　大病を患っている親友が、手術を受けるかどうか選択しなければいけない時だった。
　
　――ワタシヲ　ヒトリニ　シナイデ。

「私のせいだ……！　私も、罪人なんだ……！」
　屋敷野はその場で泣き崩れてしまった。

　怪我人多数。
　その背景には様々な要因があった。
　深刻なヒーラー不足。
　ののこの前でのろっこん制約の存在。
　それに関する幾つかの法則を把握しきれていなかったこと。
　落ち度は、後からたくさん出てきた。
　不測の事態が相次いだのも要因である。

　事件後、柏田は行方をくらましていた。
　だが、一週間後、大怪我を負った彼が奥多摩にて保護された。
　彼は行方不明の間の記憶が一切なく、何故こんなに怪我を負っているのかさえも分からないと証言している。

　意識を取り戻した滝川は、傷害罪で近く書類送検される、とミステリ研部室に噂が舞い込んだ。
　彼が人を刺したのは事実である。彼の『憤怒』は法の下で裁かれることとなった。

　また、怪我人は全員もれいびだったせいか、ひとであれば全治半年のところ、全治１ヶ月程度で済んだとも聞く。
　不幸中の幸いである。

「確かに死者は出なかったわ。でも、これは事実上、私たちの負けよ……」
　全ての報告をまとめ終えると、ブリジットは奥歯を噛み締めた。
「まだ、始まったばかりだわ。次こそは、未然に防いでみせる……！　セブン、覚悟しなさい！！」
　金髪蒼眼の女子高生探偵は、こうしてリベンジを誓うのだった。













「そういえば私、どさくさに紛れてセブンくんの姿をカメラに収めちゃったよー！」
「僕も僕も～……ＺＺＺ……」