宵待ちに耽る｜リアクション

宵待ちに耽る

▽キボウノソラ

　カーテンが翻る。吹き込んだ風の寒さに、宮祀智瑜は身体を震わせ、編み針をそっと置いた。編み針が繋がっているものは、完成形にずいぶんと近づいていた。
　そうして智瑜が窓辺に寄ると、ようやく空が赤いことに気が付く。
「もう夕方？」
　思わず驚きが声に出る。
「……ちょっと集中しすぎたみたいです」
　苦笑しながらも智瑜は、真っ赤な空から目を離せなくなる。
　窓から顔を出して空を掴みたがるように、智瑜はうんと背伸びした。
　吹き込んだ風よりも、外はずっと寒い。けれどそうして身を乗り出していると、綺麗な夕焼けに包まれるような感覚になった。
「……気持ちいい」
　そうしていると、旧市街の石畳が鳴る。遠くから子供たちの声が聞こえてきた。
　おつかいでも頼まれたのだろうか。声の主たちは、宮祀青果店に駆け寄ってきて、楽しそうに野菜を買っていく。
　その無邪気な姿を見ていると――智瑜は、ひとりの少女を思い出した。同時に、いつも彼女に寄り添っているぬいぐるみのことも思い出す。
（いつかちよちゃんとクマさんが遊びに来てくれるといいな……）
　新島ちよは寝子島総合病院に入院中だった。近く、本土の病院に転院して手術をする予定だ。
（ちよちゃん……）
　智瑜は自身の小指を見つめ、指きりで約束した時の事を思い出す。
　カーディガンを編むと約束した時、ちよはひどく真剣な表情で頷いてくれた。
　それから、クマに寝子島高校の制服風のお洋服をプレゼントしたことも思い出した。
　表情がないはずのぬいぐるみは、ひどくはしゃいでいた。
　短いながらも、智瑜とちよとクマの間にはたくさんの思い出がある。
（元気になったらお揃いの服を着て通えたらいいな……そう思って、あの服はプレゼントしました。
　そして、その思い出を次の思い出に繋げていきたい。
（ただ、それが負担になってほしくはないです）
　ここしばらく、ちよの体調が優れない。
　少し体調を崩すと、食べ物を受け付けなくなり、体重が減ってしまう。
　体重が一定以上なければ、手術を行うことができない。
　智瑜は焦れた。昨日までゲンキだった少女がぐったりとしている時など、もどかしくて仕方なかった。
　けれどもっとも焦れているのは、ちよ自身だ。
　下手な叱咤激励で彼女を、追い詰めることはできなかった。
（……これからの希望になって欲しいです）
　そんな願いを込めて、ひと編み、ひと編み、繰り返していた。
　ちよは、その想いをきっと理解するだろう。
（お見舞いに行くのもあれから増えた気がします）
　理由は、寂しい思いはして欲しくないということ。体力づくりのお手伝いもしたいということなど、ひとつだけではなかったが。
（九月に入ってから夕方になると少し寒くなってるみたいだから、早めに完成させたいな……）
　さぁ、もうひと頑張りしよう。
　智瑜は窓辺に腰掛けて、空に見守られながらカーディガンの続きを編んだ。
　そうしていると、智瑜は名案を思いついた。
（沢山毛糸があるから義弘先生にも何か編もうかな？
　手袋だったら使ってもらえるかもしれません……！）
　今度、その話もちよにしてみようか。
　絶えず笑顔を浮かべ、智瑜は編み物を続けていく。
　智瑜を包んでくれた優しい夕日は沈み、夜がやってくる。
　寒さは厳しくなったが、ほのかな月明かりが心地いい。
　なかなか窓辺から離れられず――夜がふけていく。