猫鳴館、Ｇ襲来！｜リアクション

猫鳴館、Ｇ襲来！

●今そこにある猫鳴館崩壊の危機

　後木真央の部屋の戸が開け放たれた。バチンと閉めた立てつけの悪い戸の隙間から、白い煙が漏れ出す。部屋の中で害虫退治のくん煙剤「ニャルサン」を焚いたのだ。本来なら隣接する部屋の住人に了解を取らなければいけないのだろうが、そんな悠長な状況ではない。Ｇたちはもうそこまで迫っている。
　真央は着替えを済ませていた。
　競泳用ゴーグルにマスクに軍手、足元は動きやすいように地下足袋というのは、まあ分かる。
　しかし、その小柄な肉体を覆い隠すものがサラシに水褌のみというのはどうしたことか。
「そ、その格好は……！？」
　大部屋から出てきた八神修がそれを見て目を丸くした。
　真央が日頃から褌普及に努めているのは知っていたが、夜中に見るといささか刺激的である。
「服の中に入りこまれるより全然マシなのだ後でお風呂入るのだ！」
　真央はマシンガンをぶっ放つかのような早口で云った。Ｇに対する怒りは収まるどころか膨れ上がっているようだった。気持ちは分かる。修は格好についてコメントするのをやめた。
　修は修で、今宵の勉強会に連れてきていたペットのハムスターを籠に入れてきたところだった。
　「八神のだから食べるな」とメモを括って。
　さすがにハムスターを食べるやつなんていないよ、と思いたかった。しかし、先程のＧ食騒動を小耳に挟んでしまっては気が気ではない。猫鳴館のやつらは四つ足の生き物ならなんでも――四つ足じゃなくてもだ！――食ってしまうのでは、という疑いを拭い去ることができない。
　真央は申し訳なさそうに頭を下げた。
「修ちゃん、こんな遅くまで勉強会に付き合わせてゴメンだったのだ～。猫鳴館、寮監さん居ないしいつもこんな調子だったからついウッカリしたのだ。もっと早くお開きにしてれば……」
「気にするな」
　ともかく、だ。
「何が何でも発生源に突撃だ！　早くしないと俺の忍耐力がヤバイんだ！」
　修はつま先立ちで玄関まで走ると、古びた靴棚の中で掃き溜めの鶴のごとく輝く、手入れの行き届いた自分の革靴に両足を滑り込ませた。

「Ｇは地下方面から来たらしいのだ。その近くまでいけば湧き出るＧの流れで発生源を辿れると思うのだ」
　奇妙な格好をした真央と、いつになく青ざめた顔の修が館内を走る。
　ふたりの手にそれぞれ握られたスプレー殺虫剤と食器用洗剤が、彼らの武器だ。
　行く手を邪魔するＧたちには容赦なく噴霧し、真央に至っては地下足袋で踏みつぶしまくる！
「加勢する！」
　逆巻天野と御剣刀が合流した。
　刀は新聞紙を丸めて棒状にした聖剣でＧに踊りかかる。
　剣道で鍛えた腕は伊達ではなかった。一撃必殺！　新聞紙でも振り抜く勢いが鋭ければ充分にＧに対抗できる。腹を見せてひっくり返ったＧを真央がすかさず踏みつぶす。
「次！」
　振り向きざまに低く振り抜く。止めを刺そうしたとき、利き足が突然薙ぎ払われた。
「ぶげら！？」
　天野の足だった。脚払いされたのだ。
「逆巻、いきなりなんだよ！」
「お願いだから命を粗末にしないでおくれよ。どうにも、殺生は好きじゃないのでね」
　云いながら天野はまとわりつくＧたちを優しく払う。
　刀は、はぁ、と息をついて頭を掻く。
「わかったよ」
「それと八神」
　天野はくるりと振り向き眼鏡を光らせた。
「土足」
「あのなっ、Ｇの上なんて靴無しで走れるかっ！　これでも俺の正気はギリギリだよ！」
　修が髪を振り乱し答えたそのときだった。
　天野の背後、廊下の奥の暗がりから、新たなるＧの大群が現れたのだ！

　黒光りする、羽根、羽根、羽根！
　ああ、修の心の中に冷静限界値というものがあるならば！
　いままさに、そのしきい値を突破してしまったのだ！
　修は血走った目を見開き絶叫した！

「オオオオオオオオ！　忌まわしき悪魔の虫たちよ、この世のすべてと共に消え去れェェェ！！！」
　