ぴぽちゃんのごほんゆび｜リアクション

ぴぽちゃんのごほんゆび

　獅子島市子は廊下を隅々まで見渡した。ぐるりと一周して目線を戻すと、目の前には女の子がひとり。

「お姉ちゃん。ぴぽの指、一緒に探して欲しいな」

「しいでいーよ。獅子島市子だから、しい」

　なんとなくこの話を聞いた時から、夢を見るだろうと思っていた市子はうろたえることなくぴぽに手を伸ばした

「しいちゃん、ぴぽね、ピアノ弾けるの。お兄ちゃんに上手いって褒められた！」

　ぴぽは鍵盤を弾く真似をした。その手が左だったことを不思議に思いながら、市子は『事故現場』と書かれた扉に向かう。

「へえ。お兄ちゃんて、ぴぽの？」

「ううん。指探してくれた人」

　扉を開けた途端、ひやりとした冷気が漂った。電柱についた電燈が照らし出すのは、夜の野原だった。
　その暗さがここで起きた事故の面影を隠している。
（目に焼きつけとかねーとな……。それに、気になることもある）
　気になったのは暗闇の中でも存在感をあらわす巨大なショベルカーだ。
　運転席にのぼってみると、ちびた鉛筆と広告チラシ、そして懐中電灯が見つかる。
　市子はすかさずチラシと鉛筆を持ち、ぴぽの様子をメモした。
　ショベルカー横ではしゃいでいたぴぽの元に戻る。その辺りを照らしてみると、草の中で確かに何かが光った。

「あ、ぴぽ待った。なんかある」

　市子は草を掻き分け、その正体を見つける。
　（……金属片か）
　どうやら工事の途中で出てきた端材のようだ。中には相当尖ったものや切れ端がけばだったものもある。
（小学生の指くらいなら切れそうではある……）
　市子は端材のひとつを拾い、安全を考慮して破ったチラシに包んだ。
　その表面に『野原で』と書きこむと、何食わぬ顔でポケットに押し込み、ぴぽと向きあう。

「ごめん、見間違いだった」

「なんだあ」

　次に向かったのは野原の横を通る用水路だ。しかし、端から端まで探しても証拠らしきものは見つからなかった。

「ぴぽ、おいで。別んとこさがそ」

「うん！」

　懐中電燈で野原を照らしていると、意外なものを見つけた。

「あ、ひまわり！」

　声をあげたぴぽにつられてそちらをみる。

「ぴぽ、ひまわりが一番すき！」

「なら、とってきてあげようか」

　市子はひまわりの根元に屈みこむと、懐中電燈で隅々を確認した。明らかに根の辺りの土が掘り返されている跡が見える。
　花を手折りぴぽに渡したあと、市子はそこを掘り返した。掘るものがないので、仕方なく素手で土を掻く。ぴぽも右手で加勢してくれた。
　しばらく掘ると、小さなドロップ缶が見えた。どこにでも売っているメーカー品だ。

「あ、この飴ぴぽもすき！」

「あたしも嫌いじゃないよ」

　掘りだした缶を振ってみた。……中に何か入っている。
　蓋を開け取り出してみると、それは紛れもなく、ぴぽの中指だった。

「あ！　ぴぽの！」

　市子の手のひらの中で消えた中指は、ぴぽの左手に戻っていた。

「しいちゃん、ありがとう！」

　不意に、抗いがたい眩暈に襲われ、市子は頭を抑えた。
（夢から覚めるみてーだ……）
　市子はぴぽを呼び寄せると、自分のメモをひも状に折りたたみ、端材の包みと一緒に渡した。

「これ、なに？」

「幸せになれるおまじない。幸せなことを書いておくんだよ、あたし達が会えたコトとか。……廊下の鉢植えに結ぶといいんだけど、あたしはもう目が覚めちまうみてーだから、代わりに結んでくれる？　こっちはお守り」

「うん……しいちゃん、また遊びにきてくれる？」

「……約束する」

　くらくらとする視界の中、市子はぴぽの小さな体を抱きしめた。意識は次第に遠のいてゆく。

　数日後、市子はあの野原に来ていた。夢ではなく、現実の。
　暗闇に浮かび上がる電燈の明かりも、古びたショベルカーも、そのままだ。

「会いに来たよ」

　電柱の傍にひまわりとドロップを供え、線香に火をつける。市子の祈りと共に『前夜の篝火』は静かに燃え、細い煙が音もなく夜空へのぼっていった。