ぴぽちゃんのごほんゆび｜リアクション

ぴぽちゃんのごほんゆび

（……ここはどこだ？）
　気がつくと見慣れない廊下に立っていた御剣刀は小さく溜息をついた。
（また何かあったのか。戻るにはどうすれば……）
　そこまで考え、人の気配を察し横を見た。すると、さっきまでいなかった少女と目が合う。

「君は誰？」

　動じずに訊ねると、少女はにこっと笑う。

「ぴぽだよ。ここで探し物してるの。お兄ちゃんは？」

「俺は御剣刀。……君の探し物、一緒に探すよ」

　ぴぽ、という名前で全て合点がいった。そうなれば話は早い。刀は『ぴぽの部屋』と書かれた扉を開けた。

「刀お兄ちゃん、この絵本みて！　手作りなの」

　部屋を見ていた刀にぴぽが手渡したのは手製の絵本だ。サンマさんの踊るなんの変哲もない絵本かと思いきや、ページの最後におびただしい数のサンマさんが現れる。縦五列、横は約九列、どこぞのアイドルの数にも近いサンマさんの大群。筆頭縦五匹には「あいうえお」の吹きだしがついている。
（なるほど、暗号か。俺以外にもここに来た奴がいたんだな）
　サンマさん五十音表に照らし合わせて前のページを解読した刀は、真っ先に机へ向かった。

「ほんみよう　たかむらみほ　つくえのなか　ふめん」

　暗号が示す通り、机の中には楽譜が入っている。

「あ！　これ今練習してるの。五本あったらもっと上手にひけるよ」

　ぴぽは左手で弾く真似を始めた。刀はその様子に違和感を覚える。

「あれ、右手は？」

「ぴぽは左役なの」

　その他に部屋の中で変わったことはない。次に、刀は目についた押入れを開け、箪笥や整理棚を探した。

「なんだっけ。ハンカチとリコーダーと、体操着かな。持ってかないと先生に怒られるんだろう？」

「……うん。たぶんそう。れんらくちょうないから、あんまり覚えてないけど」

　急に元気のなくなったぴぽは、刀の隣にしゃがんで膝に顔を埋める。

「でも、もういい。ぴぽ死んじゃったし、約束守らなかったから先生もきっと怒ってるもん」

（死んだって自覚はあるのか）
　幸い、それらは箪笥や棚の中に備えてあった。けれどそれを見てもぴぽは喜ばない。刀は静かに箪笥の引き出しを閉め、押入れから離れた。

「そんなことない。先生は今でも学校で待ってる。きっと」

「そうかなあ」

「うん。だから絶対見つけないとな」

　刀は机の傍のおもちゃ箱にアタリをつけ、箱の中を探ろうと手を伸ばした。その時、

「けけけけけっけけけけけけけけっ！」　

　すさまじい笑い声が部屋の中に響き渡った。箱の中を覗くと、笑い袋が奥のほうに見える。
　袋のボタンを押すと、笑い声はすぐに止まった。

「びっくりしたな」

　ぴぽはまだ硬直したままだ。刀はおもちゃ箱をひっくり返し、隅々まで調べてみた。
　きせかえ人形、積み木、変身ステッキなどが次々に出てきては刀の横に山積みになる。しかしそれ以外のものはなかった。
　ぴぽはまだピアノを弾く真似をしている。そんなぴぽに対し、刀は言葉を選びつつ話しかけた。

「それにしても上手いな。もし誰か来たら、ピアノの腕を思いっきり自慢したほうがいい」

「ほんと？」

　褒められたのが嬉しいのか、ぴぽは満面の笑みで刀を振りかえった。

「……でも、やっぱり一本じゃ弾きにくいな」

　小さな手が、隣にあった刀の手を握る。

「お兄ちゃんの指、長くていいなあ」

　ゆっくりと起き上がった刀は、自分の手をじっとみる。ぴぽに握られた左の小指がつきりと痛んだ。

「でも、これが俺の望んでいるフツウ、なんだよな」

　誰に云うともなく刀はひとりごち、左手をそっと結んだ。

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