ぴぽちゃんのごほんゆび｜リアクション

ぴぽちゃんのごほんゆび

　双葉仄がぱちり、と目を開けると、白い廊下が真っ直ぐに伸びていた。

「お姉ちゃん、だれ？」

　声をかけてきたのは小さな女の子だ。お前こそ、という考えはすぐに消し飛んだ。
　女の子の左手には指がない。
　この情報だけで仄には自分の状況がすぐに把握できた。

　昨日、小耳に挟んだ噂の結び言葉。
　この話を聞くと、指のない女の子が夢に現れる。

　自分の夢ならば思い通り動けるはずと、仄は心の中で空を飛べと念じてみた。けれど身体はびくとも動かない。
（明晰夢ではない、と。あくまでもこの夢の主はこの少女か。ならば、私のするべきことももう決まっている）
　何も云わずすたすたと歩き始めた仄を、少女は追ってくる。

「まってお姉ちゃん、ぴぽ、お姉ちゃんに手伝ってほしいの」

「指なら今から探してやる」

　簡潔にそれだけ伝え、仄は『体育館』に通じる扉を開いた。
　おかしなことに、通常の教室に見受けられるような引き戸の先には、表示の通り広い体育館が待ち受けていた。

「すごい！　ねえ、なんで分かったの？」

「些細なことだから」

　ぴぽ、と名乗った少女は仄の頭脳に興味深々だ。質問攻めにあいながら、仄は用具室に向かう。
　少々重い扉を開けて中に入ると、見慣れた体操器具が所狭しと置いてあった。書くものが欲しい仄は、それとなくぴぽに話をふった。

「知っているか？　用具室には道具を管理するノートとペンが置いているんだぞ」

「うん。ここ、ぴぽの学校だから、置いてるとこ分かるよ」

　こっち、と右手で仄の服を掴み、その場所まで案内してくれる。とび箱の上に置かれている帳面とペンはすぐ見つかった。

「なにするの？」

「論理的思考を行う」

「なにそれ？」

「さあ。考えれば分かる。お前も尋ねるばかりじゃなく考えてみろ。何か覚えてることはないのか？」

　ぴぽは素直に考え始めた。静かになったのを幸いに、仄は辺りを見て回ったが、目ぼしいものがない。

「うーん、なにもないよ」

「そうか。ならもうここに用はない」

　筆記用具を持って用具室を出ようと踵を返したところで、仄は異変に気づいた。
　

　……出口の扉の取っ手に、縄跳びがぐるぐると巻かれている。
　

　ぴぽはずっと自分の隣にいたし、自分達以外の人間がここにいる気配もない。
　仄は一切動じず、縄を解いて扉を開いた。

「どうってことない。早く出よう」

　向かうのはステージを挟んで右側にあった扉だ。同じ形の扉を開けると、その下には階段が続いている。どうやら地下倉庫のようだ。
　薄暗くひんやりとした階段を降りると、うずたかく積まれた学習机や、古びた戸棚、卒業制作の古い壁画など、年季の入った品々が出迎える。
　その中で、ぴぽが目の色を変えて駆け寄ったのはこれもまた古いピアノだ。

「ここのピアノは壊れてるから勝手に弾いてもいいんだよ。音楽室のはダメ。でも、ここ怖くて、ひとりじゃこれないの」

「……へえ」

　仄の特徴的な眉がぴくりと震える。
（グランドピアノの蓋。前の部分だけ、埃が溜まってない）
　後ろの屋根の部分に積もっている埃が、前屋根にないのは不自然だ。仄かはピアノに近づき、ゆっくりと前の屋根を開いた。すると、そこに……。

「案外、あっさり見つかったな」

　弦と弦の間に挟まっている小さな親指を躊躇なく掴むと、掴んだそばからそれは消えていった。消えた指はぴぽの左手に戻る。

「みてお姉ちゃん！　指が戻った！　ありがとう！」

　その声と共に、意識が遠のく。

　まだ夜明け前の部屋の中で、目が覚めた仄は人知れず考えていた。
（……そもそも何故、指を切り取った？　犯人が足を掴まれて苦し紛れに……。それともシリアルキラーか？）
　仄の冴えた頭脳は、夢から覚めてもまだ謎を追いたがっていた。

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