ぴぽちゃんのごほんゆび｜リアクション

ぴぽちゃんのごほんゆび

（あれ、おかしいな）
　そう思いつつ、北原みゆきは目の前にいる女の子に自己紹介をしてみた。

「こんにちは。私はみゆき。あなたは？　ここはどこ？」

「ぴぽだよ。みゆきお姉ちゃん、ぴぽの指を探してもらえる？」

（……やっぱり！）
みゆきはその場に卒倒しそうになった。ぴぽちゃんの噂を聞いてしまった過去の自分を恨みたい。
しかし、それでは夢は終わらないだろう。みゆきは気を紛らわせるように、裏校歌を歌い始めた。

「こ、ここは寝子島　マジで良い島　セーイ？」

「ねえ、それなんのお歌？」

「私の学校の校歌だよ。一緒に歌ってくれたら嬉しいな」

そう笑いかけると、最初は不思議そうにしていたぴぽも、ラップに合わせて合いの手を入れてきた。
段々恐怖も薄くなり、みゆきは探索を始めることにした。
気になった『ぴぽの部屋』の戸を思いきって開け、裏校歌を歌いながら部屋に入ると、ぴぽもその後をついてきた。
　そのテンションのまま手近にあったおもちゃ箱を調べると、今時の人形や玩具の中に古風な手鏡がある。

「え？」

「どうしたの？」

「……な、なんでもないの。ごめんねえ、おどろかせて」

　ぴぽを不安にさせないようにそう答えるものの、ばくばく鳴る心臓はいつまで経っても鳴りやまない。
（今確かに、鏡に映った私の後ろ、何かいたよね……）
　遠のいたはずの恐怖がぶりかえす。かたかた震える両手を必死に隠していると、ぴぽが不安そうに顔を覗き込んできた。

「お姉ちゃん。お歌うたって」

「そうだね。続きだったもんね」

　自分を勇気づけるためにも、みゆきは一層声を張って裏校歌を歌った。

「今日も外では猫のさかり声　おおフリーダム」

「フリーダム！」
　歌で恐怖心を紛らわしながら、押入れの下段もひっかき回してみる。しかし指は見つからなかった。
　季節外れの手袋が見つかったので、それをぴぽの左手にかぶせてあげられただけだ。
　どんどん気落ちしてゆくぴぽを元気づけたい一心で、みゆきは明るい声で歌い続けた。

「サンマさんもがんばってるよー！　ほら、ぴぽちゃんもがんばろう！」

「サンマさん？」

「あ、知らない？　描いてあげようか」

　興味を持ったぴぽを勉強机まで連れていき、何か書くものを探す。ぴぽの確認をとって上の引き出しを開けると、画用紙や色ペンと一緒に、数枚の楽譜が現れた。

「ぴぽちゃん、ピアノ習ってるの？」

「ううん、でも練習してるの」

「へえ……」

　みゆきは気になりつつそれを元に戻し、サンマさんの絵を書いた。ぴぽも一緒になってサンマさんを量産しはじめる。
　それを眺めていて、みゆきは不意に思いついた。
（そうだ。もしかしたら私みたいに連れてこられる人がいるかも……。その人へ何か伝えられないかな）

「……ねえぴぽちゃん。折角だから一緒にサンマさんの絵本作らない？」

　魅惑的な誘いに、ぴぽは一も二もなく頷いた。勿論これには思惑がある。

「そう云えば、ぴぽちゃんってほんとの名前？」

「ううん。たかむらみほだよ」

　話をしながら画用紙を切って絵を書き、ホチキスで留め、絵本は出来あがった。短時間で仕上げた割になかなかの出来栄えで、ぴぽもご満悦である。
（推理小説の受け売りだけど、どうか伝わりますように）

「ありがとう！　楽しかった！」

「私も楽しかったよ。絵本、他の人にも見せてあげてね」

「うん！　……でも、指、なかったね」

　はっとしたみゆきの手に、小さな手が重なった。

「代わりに、お姉ちゃんの指、ちょうだい？」

　はっと目が覚め、みゆきはすぐに指を確認した。幸い、どの指もきちんと残っている。
　しかし時々、思い出したように左の人差し指が痛むのだった。

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