８月の★ハッピーバースデー｜リアクション

８月の★ハッピーバースデー

　涼しげな色合いの色無地を着た十六夜霞が買い物から帰ってきた。細々とした物を取り出しては自宅の冷蔵庫に収めていく。カレンダーが視界を過って手を止めた。
「今日は私の誕生日でしたねぇ。時間の流れは早いものね」
　霞は用意した小皿に買ってきたショートケーキを乗せた。自身の誕生日を祝うことなく、仏壇に供えた。
「あなた、覚えていましたか。今日は私の誕生日ですよ」
　目尻の小皺を深くして言った。小さな位牌は直立した姿勢で何も答えてはくれない。
　霞は座布団に正座の姿勢で語り出した。
「あなたの部下の人達から手紙が届きます。皆さん、元気にしているようですよ」
　そうそう、と何かを思い出したかのように霞は両手を合わせた。
「あなたが息子のように接していた彼も、今では可愛い娘さんを見つけて仲良く暮らしているんですよ。私たちの昔を思い出して懐かしい気分になりませんか？」
　陽だまりで微睡むような表情で霞は仏壇と向き合う。時計の時を刻む音が微かに聞こえてきた。
「……時々ですが、私は思うんです。何時になればあなたのお傍に行けるのかって」
　子供がはしゃぐような声が遠くで聞こえる。複数の声が重なって消えていった。
「夏休みも、もうすぐ終わりですね。近所に子供は多くいますが、私には縁がありませんでしたね」
　わふ、と犬が吠えた。霞が縁側に目を向けると、白いゴールデン・レトリバーが笑ったような顔で舌を出し、頻りに尻尾を振っていた。
「そうね、桜は私の大切な子供でしたね」
　ゆっくりとした動作で立ち上がると、霞は日の当たるところに足を崩して座った。桜は前脚を縁側に引っ掛けて甘えたような声を出す。差し出された頭を掌で撫でた。
「いつからそんな甘えん坊になったんです？」
　掌に頭を押し付けてくる。桜の尻尾の振りが大きくなった。
「私を励ましてくれているのですね」
　霞を見上げるようにして、わふ、と強めに吠えた。
「桜は優しい良い子。之彦もこちらに来ていいのよ」
　霞は庭の奥に目を向けた。同種の黒い犬でもある之彦が近づいてきた。桜の後ろを回って縁側に飛び乗ると、自ら伏せの姿勢を取った。
「之彦は賢い良い子。私の自慢の子供よ」
　空いていた手で之彦の頭を撫でる。細めた目が心地よさを伝えてきた。
　その時、チャイムが鳴った。
「何かしら？」
　宅配の業者から小包を渡された。それも一つではなく、上り框に沢山の箱が積み上げられた。伝票には菓子とわかる表記がされていた。
　霞は形態の違う箱を持ち上げた。重さを感じさせない足取りで仏間へと戻ってきた。中を開けると、甘い香りが立ち昇る。そっと両手を差し入れて花束を取り出した。
「私の好きな花ばかりね」
　花に埋もれたメッセージカードを引き抜くと、霞は早々に目を通す。
『霞さん、お誕生日おめでとうございます。これからも長生きしてくださいね。元・十六夜組員達より』
　深く刻まれた笑い皺を涙が伝う。霞は人差し指で拭いながら、涙もろくて困るわね、と静かな声音で言った。
　花束は仏壇の花瓶に入れられた。改めて霞は正座となり、手を合わせた。
「ごめんなさい、あなた。当分は――お傍に行けないみたいです」
　縁側にいた桜が大きく吠えた。物静かな之彦も小さく吠える。
「可愛い子供を残すようなことはしませんよ」
　霞は晴れ晴れとした笑顔で二人の子供を胸の中に抱いた。

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