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「皆、忙しい中ありがとう」
　寝子島カルチャーセンターには、ボランティアの参加者達が集まっていた。
　一人一人に丁寧にお辞儀をして出迎えるのは、総合病院の看護師・蒼澄 永姫だ。
「よろしくお願いします」
「よろしくね、きっと子供達も喜ぶわ」
　にこやかに歓迎の意を表する彼女は、今日は白衣を脱いで私服に身を包んでいる。
　フェミニンなホルターネックトップスとクロップドパンツに細いベルトを合わせ、髪は作業で邪魔にならないようヘアバンドで抑えたファッションは、セクシーでありながらどこか品の良さを感じさせた。

　気合十分で訪れた永姫だが、工芸の類には少し苦手意識が強い。そのため自ら何を作ろうというのではなく、より創造的な誰かの手伝いをするべく、目を配った。
「何か私にも手伝える事があったら、気兼ねなく言って頂戴ね」
　もしも手伝う事が無くても、色とりどりの画用紙で壁に貼る動物やお花を作って、無機質な白い壁を飾ってやろうと思っていた。
「ベッドから動けなくて、プレイルームまで来れない子たちにも、何か作ってあげたいもの」
　永姫の考えに共感する者も少なくなく、それぞれ持参した材料をテーブルに広げて、子供達の為に自分の作業に没頭し始めていた。

　八神 修は突き抜けていた。
「まあ、それってひょっとしてロボット？」
　鋏を動かす手を止めて、猫型お掃除ロボットを見おろし、目を丸くする永姫。
　ちなみに見た目は、後木 真央の太っちょ召喚猫『がおー』に瓜二つである。
　以前、工学部を中心に有志で作ったレンジャーロボの副産物、『ＧＡＯ（ミニがおー）』を、神魂の恩恵で芸術的素養が大幅にアップしていた状態の修が見た目をよりリアルにし音声入力対応させたのが、この『ＧＡＯ改』である。
　修はそのＧＡＯ改を、もう一機、複製しようとしていた。
　しかも、ただ複製するだけではない。

　修の希望としては、こうだ。

　電池の残量が減れば、充電用の猫ちぐらに自ら帰る。
　撫でれば喜ぶ反応を見せ、体は発熱でほんのりと温かみを感じさせる（高度な廃熱利用？）。
　目に搭載されたカメラが捉えた映像は、ナースステーションに送られ、温度検知機能も兼ねたそれは、具合を悪くして発熱する子供を発見したら、ナースコールを送る。
　強い衝撃や騒音についても、同じようにコールされる。

　上記の機能を追加して、新たに生み出そうと言うのである。

「子供達と一緒に遊べるよう、ＡＩの学習能力と判断力をプログラミングで向上させる。
　重病で自らプレイルームに行けない子供には、自ら近づいて構えるようにしたいんだ。
　プレイルームは子供から干渉しないと、動かないものばかりだ。
　１つくらい、”自分から”子供達を構うものがあっても良いだろ」

　名前は『ＧＡＯ・ミケ』にするつもりだった。
　ちよにも、すでに猫ロボットを作る意志や、その理由を話してある。
　彼女には、難しすぎて いまいちピンと来なかったようだが、計画を心から応援してくれた。
　幼い少女の期待に応えようと胸を熱くする修だったが、永姫は問題を指摘した。

「待って、それってロボットが院内を動き回るって事よね？」
「ええ。入ってはいけない所は、プログラミングで設定すれば問題ないですよね」
　そう答えたものの、修としても不安は残る。
「……私では判断つかないわ、院長に話を通してみるから、少し待ってて貰えるかしら？」
　永姫は離れると、病院に電話をかけはじめた。
　表情の硬い横画を見ながら、修は自分の計画を見直しはじめた。
　元々おまけとして作られた、ＧＡＯの命令実行能力はまだ精度が低い。
　「問題ない」と、断言出来る段階ではないと思う。
　戻ってきた永姫は、或いはそれを見透かしているのか、噛んで含めるように結論を告げた。
「お待たせ。ごめんなさい、院長からの許可が下りなかったわ」
「……そうですか」
　気落ちする修に、永姫は優しく言葉を重ねる。
「あなたは最近、看護師もナースキャップを被らない人が増えているのを、知ってるかしら？」
「？　そう言われてみれば、キャップを被っていない人もいるような？」
「それが何故だか分かる？」
　最初は質問の意図を測りかねた修だが、考えを巡らせた。
「キャップが医療器具、例えばコードなどに引っかかって、危ないから……だろうか？」
「さすがね、正解よ。病院には患者さんの命を繋ぐための、大切な医療機器がたくさんあるわ。
　動き回るロボットが、それらを引っ掛けて、医療事故を起こしては大変よ。
　あと私はロボット工学には明るくないけれど、それは携帯電話みたいに、電磁波が発生するのでしょう？」
「ああ、確かに」
　ロボット自体が発する電磁波レベルは、おおよそ携帯電話クラス（レベルＢ相当）で、人体に影響を与える程ではないものの、心臓ペースメーカーなどに誤作動を起させる恐れがある。
　対応には、電磁波シールド材などで遮蔽する必要があるだろう。

　他にも、問題はあった。
　根本的な事だが、ロボットは自分で病室のドアを開けられない。
　重病患者と触れ合う事を目的とするなら、衛生面の問題も発生する。
　病院スタッフや子供達が廊下で動くロボットに躓いて、思わぬ怪我をする事も考えられる。

　それらをクリアしても、ＧＡＯの改良時に直面したのと同じ問題が、修の前に立ち塞がる。
　作業量が、一人で出来る限界を越えている。
　新機能を搭載した新たな一機を満足に作り上げるだけの、設備・技術・知識が不足している。

　現実を前に歯噛みする修の肩に、永姫はそっと手を置いた。
「そんなにガッカリしないで。
　そうね……多感な子供達が、白い壁と薬の匂いがする病室で過ごさないといけないのは、辛いわ。
　その上、彼らは生きるために戦っている。
　私も、苦しむ患者さん達を支える事しか出来なくて、時折 自分の無力さを実感するわ」
　けれど、と永姫は微笑む。
「それでもありがとうって笑ってくれたり、側にいてと頼ってくれたりする事が嬉しいの」
　どうしようもない現実を語る、永姫の言葉は、リアルでそして温かい。
　修は大きく息を吐き出すと、色画用紙を摘み上げた。
「そうだな、俺も出来る事を手伝うとしよう」


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　星ヶ丘教会のシスター見習い、キリエ・オーラティオは修道服を身に纏って現れた。
　若干１２歳の彼女は、ふくらはぎまで届く豪奢な長い髪はベールのみで覆い、胸元には大判の聖書を抱えている。
　ボランティア募集の話を聞いて、まだあどけなさの残る頬を上気させ、いさんでやって来たキリエだったが、勢いのみで来てしまったため何をして良いのかわからず、忙しく作業する皆を呆然と見ているばかりだった。

「皆さん、お食事を用意したので、良かったら召し上がってくださいね……」
　立ちすくむキリエの傍で、御巫 時子が差し入れの入った包みを広げる。
　サンドイッチやおにぎりは、片手で食べられるよう小さなサイズ。それぞれにラップを巻いてあり、作業しながらでも食べれるようになっている。
　飲み物には麦茶とアイスコーヒー、至れり尽くせりだ。
「女性らしい気遣いだな」
　八神 修も摘んで、感心してみせた。
「ありがとうございます、嬉しいけど照れてしまいますね……」
　にこりと微笑む時子を、半ば放心して見ていたキリエだが、慌てて手伝いに入る。
「私も飲み物を配ってやるのです！」
「あら？　それじゃあ、お願いしますね……」
　イタリアからの留学生であるキリエは、まだ少し日本語が心もとない。
　ぞんざいなのか丁寧なのか わからない言葉遣いにも、時子は穏やかに頷いて、それをキリエに任せる事にした。
「零さないように、気をつけてくださいね……」
「了解したのです、心配するななのです」
　部屋はすでに、様々な材料で散らかっている。キリエは足元に気を配りながら、皆の希望を聞いて回ると、食べ物や飲み物を配り始めた。

　ここへ来たからには、見ているだけでは駄目だ。
「そうなのです……私にも出来る事があるのです」