夏の奈良、鹿せんべい｜リアクション

夏の奈良、鹿せんべい

●興福寺

　興福寺へとやってきた月詠が、木陰で休む鹿の隣で五重塔をスケッチしようとしていたちょうどその頃。
　その麗しいお姿で世の仏像ファンの心を虜にし続けている阿修羅像をはじめ、日本の国宝仏像のじつに１７％もが所蔵されているという国宝館に、綾辻綾花の姿があった。
　薄暗く静かな館内には、スポットライトで照らされた仏像たちが並んでいる。
　阿修羅を含む八部衆像や金剛力士像。さすが国の宝と言われるだけあって、今にも動き出しそうな躍動感や力強さに思わず嘆息する。遠き時代の仏師たちの息遣いが今にも聞こえてくるかのようだ。
　国宝館には仏像彫刻だけでなく歴史的資料も展示されており、綾花は眼鏡を掛けて＜読破＞を発動すると、それらの古き書物を読みふけった。展示物のそばに記されている解説だけでは感じ取れない当時の空気感のようなものが伝わってくる。至福の時間だった。
　その後、東金堂や三重塔、五重塔などをまわり、猿沢池のほとりで一休み。
　
「水面に映る五重塔……夜も綺麗でしたけれど、昼もいいですね」
　綾花は昨夜、親戚の人たちと燈花会に出かけた時に撮った写真を見返してその光景を思い出していた。
　猿沢池から興福寺へと上る五十二段の一段一段に並べられた竹筒に入ったろうそく。
　提灯を手にそぞろ歩く浴衣の人々。
　ライトアップされた五重塔――とても幻想的で素敵な記憶。

　猿沢池のお土産屋さんで鹿せんべいを買うとすぐに鹿が寄って来た。
「一枚だけですよ？」
　なんて言ったって、鹿さんには通じない。
　ぱくりと食べて、もっと持ってるでしょ、とカバンを鼻で開けようとする。
「わっ、食べるの早いです」
　ついつい二枚、三枚、とあげてしまって。
「もうないです、本当ですよ」
　結局全部あげてしまい、苦笑する綾花であった。