夏の奈良、鹿せんべい｜リアクション

夏の奈良、鹿せんべい

●東大寺

「うわ～、いい眺めなのだ。五重塔も奈良の街も一望できるのだ。二月堂気持ちいいのだ」
　きらきらと目を輝かせる後木真央とその向こうに広がる美しい奈良の風景をカメラに収めた八神修は、そっと友人と肩を並べた。晴れ渡る奈良の空。信頼する友人との旅。解放感に自然と笑みが浮かぶ。
　東大寺といえば奈良の大仏が有名だが、この二月堂もぜひ見ておきたいお堂のひとつだ。二月堂には清水寺のような舞台がありとても見晴らしがよい。
「二月堂という名前は旧暦２月に修二会――お水取りの行事が行われることからついた名らしい。修二会のときには、水を汲む行者の道灯りとして大きな松明が灯され、そのクライマックスではこの舞台から観客に向けて松明の火の粉を撒き散らすそうだ」
「ほへー。相変わらず修ちゃんはいろいろ詳しいのだ」
「折角行くなら、とつい調べてしまうだけさ」

　二月堂を辞したふたりは、三月堂、四月堂と拝観し、大仏殿へと向かった。
　奈良に来たらやはり大仏様にお参りしなくては。
　回廊を抜け、大仏殿正面にある八角燈籠の細工の美しさに感動した後、大仏様に手を合わせる。
　端の方に大仏をスケッチをしている少女がいる。ふいに真央がその少女の肩を叩いた。
「月詠ちゃんなのだ？」
　顔を上げた旅鴉月詠は、ふたりの顔を認め、にやりと笑った。
「やあ、真央。それに八神じゃないか。奇遇だね」
「旅鴉は旅でもスケッチなんだな」
　修の笑顔に月詠はうむと答える。
「基本的に仏像は撮影やスケッチが禁止なのだが、東大寺の大仏は許可されているからね。
　大きすぎるからだろうか。
　ところで君たちはもう柱くぐりはしたかね？」
「これからなのだ！」

　大仏殿には、穴の空いた太い柱がある。大仏の鼻の穴と同じ大きさだそうで、ここを潜り抜けることができた者にはその年ご利益があると言われている。
　見るからに穴より二回りは太い海外からの観光客が大変なことになっていた。修は震える。
「真央や旅鴉なら通れるかもしれない……だが俺はサイズあわないだろ」
「「まあまあ」」
　真央と月詠に両肩をぽんぽんされ、修はしぶしぶ穴の中に潜りこむ。
「修ちゃん身体を穴の対角線上になるように斜めに入れて、万歳して両手を伸ばすのだ。
　真央ちゃんが穴のこっち側からひっぱってやるのだ」
「頭が良くなるのは歓迎だが……ってギャー」
「いい感じだぞ八神」
　スケッチする月詠はとても楽しそうだ。兄ちゃんがんばれーと他の観光客からも声援が飛ぶ。
「うそだろこの穴の横幅は３７ｃｍしか無いんだぞ」
「修ちゃんいくよーせーの！」
　真央のまぐろ一本釣り！　修の身体がすぽんと抜ける。
「出た……俺でも出れた……よくわからないがすごい感動だ」
「次真央ちゃんなのだー」
　小柄な真央と月詠はわりと難なく潜り抜ける。
「叔父貴が通れて高校までだろって言ってたのだ。
　修学旅行、京都奈良か分かんなかったしやっておきたかったのだ」
　ひとつ念願叶って嬉しそうな真央を見て、修は来て良かったなと思う。
　こういうことがしたかったのだ。気の置けない友人と、気の置けない旅を。

　大仏殿を出る。真上で輝く太陽に、思わずスケッチブックを日よけのように掲げながら月詠が尋ねる。
「さて。私はこのあと興福寺、春日大社と巡ろうと思っているが君たちは？」
　修が答えた。
「俺たちはタクシーでならまちに行ってみるつもりさ」
「美味しいお昼とおネコさま探すのだ。デジカメ撮りまくって部のみんなにもお土産買うのだ」と真央。
「ふむ。ではここでお別れだな。また寝子島で会おう」
　出会いと別れも旅の醍醐味。互いに手を振りあうと、鹿たちが「もしかして鹿せんべいくれるの？」と寄ってくるのが奈良である。

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