夏の奈良、鹿せんべい｜リアクション

夏の奈良、鹿せんべい

●プロローグ

「いってきます」
　綾辻綾花は見慣れぬ玄関で靴を履き、にこにこと見送る親戚に会釈をした。
　ここは奈良。１３００年の歴史ある古都。
　綾花は夏休みを利用して、この奈良の親戚の家を訪れたのだ。
　１６歳、一人旅。
　子どもと大人の狭間にいる綾花にとって、今回の旅はわくわくとドキドキでいっぱいだ。
　通りに出ると、まだ早朝だというのに空は高く青く、きつい日差しが綾花を襲う。
「日焼け止めは塗ったし、帽子も被ったし、お茶も持ったし、対策はばっちりです」
　生まれも育ちも寝子島の綾花は、いままでなかなか本土に出る機会がなかった。
　寝子島との違いを感じる。
　日差しが違う。
　木々の緑の色が違う。
　世界を覆い尽くすように響く蝉の鳴き声が違う。
　黒い格子窓の並ぶ細い通りを曲がると、ふと、一匹の猫が通りかかる。虎縞の猫だ。
「ふふ、猫も違うかしら？」
　綾花はいつも持ち歩いている猫メモを取り出した。出会った猫がメモしてあるメモ帳だ。
　奈良ではじめての猫さんをスケッチすると綾花はお礼に猫を撫でて、また歩き出す。

　――さあ、どこに行こうかな。

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