デンジャラス・スリッピー・ゾーン｜リアクション

デンジャラス・スリッピー・ゾーン

◇ファースト・インプレッション
　星ヶ丘の住宅街。
　桃井たちの後ろを、電柱を影のように伝って歩く少女がいた。
　ネミッサ・ネモローサ。寝子小に通う小学２年生だ。
「島がこんなことになるなんて。ミス・桃井に何かあってはいけないわ」
　ネミッサは先ほど桃井たち一行を見かけ、心配になって後をつけていたのだ。
　ドレスを身にまとった可憐な容姿からは想像しがたいが、
　彼女は小学生だけで結成された寝子島少年探偵団の一員である。
　リジー・ボーデンというコードネームを名乗り、日々寝子島を捜査しているのだ。
「あら……なにか見つけたのかしら？」
　ずっと先の方の道路で、桃井が突然とたとたと走り出した。
　あわてて追いかけようと考えたネミッサはその瞬間、
　今自分が立っている足元がすべるエリアだということを忘れていた――。
「きゃあっ！？」
　桃井が振り向いた時には、交差点にネミッサの姿はなかった。
　滑るまいと必死にふんばるも、そこはゆるい傾斜。
　小さな悲鳴が、坂道の向こうに消えていく。

　バイト先のクラブに荷物を届け終えた帰り道。
　永遠に続いているようにすら思える坂道を、如月庚は歩いていた。
　照り返しと温められたアスファルトの熱のせいで、坂道がいつもの数倍きつい。
「一体どんだけ食う気なんだ、あいつら」
　荷物はさっきおろしたというのに、腕にはまだビニール袋のひもの跡が残っている。
「あー、だりぃ……とっとと帰りてぇ」
　十字路に立ってぼうっと夏空を仰ぎ見ていると、坂の上から叫び声が聞こえた。
「きゃああっ」
　見ると、赤い髪の少女が坂道をすべり、転げ落ちてくるではないか。
「危ねぇっ……！」
　条件反射でぶつかってきた人物を抱きとめ、勢いが止まるのを待つ。
　腕の中に転がりこんできたのは、赤いロングヘアの少女だった。
　年の頃はまだ７～８歳だろうか。
　ぶつかってきた少女、ネミッサもまた恐る恐る目をあけ、目の前にいる人物を見た。
（きりっとした殿方……ミスタが助けてくれたの？）
　整った眉、面立ち、そしてたくましい腕。
　とっさに自分を助けてくれた男性に、一瞬見とれていたのはネミッサだけの秘密だ。
「っつつ……おい、気をつけろよガキ」
　人相の悪い目が、抗議するようにネミッサを睨む。
　しかし、目つきこそ鋭いが、如月はそこまで怒っているようには見えなかった。
（本気で怒っているわけじゃないのね？　だとしたら……♪）
　条件反射的に助けてくれたことなどと照らしあわせて、
　ネミッサは瞬時にこの男の性分を見極めていた。

　小さな唇がわななき、顔がくしゃっと歪む。
「う……うわあああん！」
　腕の中でまさかの号泣。
　耳元まで真っ赤になり、声を出して泣く少女をだれがウソ泣きだと疑えようか。
　抱きかかえた手を離し、如月はうろたえながらネミッサの顔をのぞきこんだ。
「お、おい、大丈夫か？　どこか打ったんじゃねえよな！？」
　あわてふためいて辺りをうかがう如月の様子を、
　当のネミッサがほくそ笑んでチラ見していたなど、当の本人は知るはずもなく。
　はた目に見れば、如月が小さな女の子を泣かせたとしか見えないだろう。
　慌ててなだめるも、少女が泣き止む気配はない。
（俺か！？　俺が、悪いのか……！？）
　不幸な青年の心の叫びが、青い空にこだました。