デンジャラス・スリッピー・ゾーン｜リアクション

デンジャラス・スリッピー・ゾーン

◇メガネはどこへ消えた
　水着売りつくしセールの旗が掲げられたデパートでは、
　夕鈴翼が商品を手に取りにらめっこをしていた。
「あ、このフリル可愛いですねー！　こっちのと同じ柄はないんでしょうか」
　このフロアには新作水着もまだ残っているのだが、夕鈴のお目当てはそちらではない。
　小学生のお財布には少々高いのと、夕鈴が身につけるにはサイズが合わないからだ。
　ここでいうサイズが合わないとは、世の多くの女性が悩むのとは逆の意味。
　つまり、発育がよすぎて合わないらしい。

　戦利品を片手にデパートを出た夕鈴は、買い物袋をさげたまま鼻歌まじりに歩きはじめた。
　行きの道中は何事もなくこれた彼女だったが、騒ぎを知らない故に無警戒だった。
　何も知らないまま、彼女はすべるエリアに差しかかった。
　つるーんと、例によって足元がお留守に！
「きゃあっ！？　何これ、止まれないですよ、どういうこと……！？」

　ようやくしっくりくる参考書を見つけ、三上は本屋のレジで精算をすませる。
　紙袋を手にさげ本屋を出ると、手をバタつかせながら夕鈴が向かってくるのが見えた。
「やべっ！　また誰かすべっ……」
　しゃべりかけた禁ワードを間一髪飲み込む。テイクツー！
「……摩擦の少ない移動をしている！」
　三上と曖浜が苦労して書いた「スリップ注意」のサインに気づかず、すべるエリアに乗っかってしまったらしい。
　バス停のポールにぶつかる寸前に三上が夕鈴をかばい、支柱との間に割り込んだ。
「いってえ！」
「きゃあっ……あれ、痛くない……？」
　思わず目をつむった夕鈴は、思いのほかやわらかな衝撃に押しとどめられて目をあけた。
　というより、自分のふくよかなバストが三上の腕にあたり、止まっていた。
「あの……ありがとうございます、助かりました」
　そういって体を離すと、三上はその場を動かずに目をつむっている。
「……怪我してないんなら、いいよ」
　自分の腕にあたっていたものに気づいたのか、軽くため息をついている。
「念のため……今のは不可抗力、だからな？」
　冷静に、冷静に。つとめて紳士的に振舞う三上の顔は赤い。
　どうやらこういったトラブルには不慣れなようだ。
　三上は落ちついてメガネをかけ直そうとして――気づく。
「あれ？　メガネ……」
　ないのだ。いつもかかっているはずの位置に、愛用のメガネがない。
「ごめん、その辺に俺のメガネ落ちてない？」
「あら、たいへん……どこに落ちたんでしょうか」
　視力が悪い人にとっては、メガネは本体ともいうべき大事なものだ。
　夕鈴も一緒に探すが、焦っていた彼女は三上のメガネが
　自分のＴシャツの襟元に引っかかっているとは気づいていない。
（……あれ）
　ぼやける視界の中、三上はメガネの在処に気づいてしまった。
　よりによって愛用のメガネは腕を女子の胸元に引っかけたまま、
　ぶらりぶらりとターザンごっこを楽しんでいるのだ。
（なんてこった……いくら何でも、これは）
　言い出しづらすぎる。
　捜索の果てに、夕鈴が胸元のメガネに気づくのはしばらく後のことだった。