ろっこん・トラブル・シューティング｜リアクション

ろっこん・トラブル・シューティング

【寝子ヶ浜海岸】

（うーん）
　地元民役を演じることになった地元民、佐藤英二は心の中で唸っている。
（なんでこんなことになっちゃったんだろう）
　撮影は始まっていた。カメラのすぐ横で雨寺凛が声真似を披露している。カメラ自体は周りの景色を映していた。
（この能力がなければ、絶対断っていたよ）
「カウントダウン開始」
　英二のろっこん「薄い存在感」が発動する。
（滅多に使わないから、持っていることすら忘れそうになるんだ……）
　と苦笑しながらも、エッチな本を買うときなんかに大いに利用していたりする。
（今から１００秒間、僕は誰からも、「佐藤英二」と認識されなくなる）

「あ、なんかやってますね！！」
　そこそこの演技を披露しながら、凛が英二と萬屋荒國のそばへ行く。手は常に右耳だ。
「すいません、これは何ですかー？」
（あ、あれ。この人誰だっけ？）
　戸惑う凛。知っている人を誘ったはずなのに、そこには見覚えの全くない印象の薄い人がいる。
「えーっと。サンマを焼いてくれるみたいです」
　英二は棒読みだが、地元の人なので別段問題はないだろう。
「わー美味しそう！　私にもくださいな」

「はーい、もうできるよぉ」
（いやぁ、うちの力が役に立つときが来るなんてねぇ）
　コンロの端を掴んでいる荒國。ろっこん「瞿麦の火鞭」の念じるがまま、網の下全体にコンロの火が広がっている。
（うーん、ずっと念じているのは結構疲れるかぁ）
　彼女の手にかかれば、火を強めることも弱めることも自在。とはいえまだ能力には慣れていない。
（仕上げに少し火力を上げてみるかな）
　えいっと小さく言うと、網の上を業火がわき上がる。
「きゃ」
　思わず手を離しそうになる凛。
「あっちちちち！」
　網に近かったため前髪が少し焦げる英二。いい画が撮れたぞ、とばかりに監督はにんまり何度もうなずいている。
「いやぁごめんねぇ」
　まだうち新米でねぇ。そう言いながら火力を巧みに操る。だいぶ能力のコツは見えてきた。
「よし、新鮮サンマの塩焼き完成！」
「で、ではさっそくいただきまぁす」
　脂ののったサンマをほぐす凛と英二。
「ハフ、ホフ……うーん美味しい！」
　これは心からの感想だ。
「……こんなに柔らかくて甘いんだ」
　英二も感心している。
「寝子島に来たらサンマは外せませんね！」
「寝子島漁港の市場で食べることができるので、ぜひ来てくださいねぇ。運営時間はぁ」
　スタッフが掲げるカンペ通りに読み上げる。

「はい、カットー！　いやあいい画が撮れたよ！」
「お疲れさまでしたぁ」
「お疲れぇ」
　互いに労いの言葉を掛け合う凛と荒國。
「あれ、地元民役の子どこ行っちゃったんだ？　ていうかどんな子だったっけな」
　能力と本来の影の薄さが相まって、誰も顔を英二の思い出せない。

（ふう、何とか１００秒内に逃げ延びれたな）
　英二はすでに雑踏に紛れている。感謝されるのは苦手なので避けた。
（後は心配なのは……撮影した映像を見た人が、僕のことをどう認識するかだけど）
　映像を通しても能力は持続されているのかが懸念。
（大丈夫だといいなあ）
　後日の映像では英二の能力は発動されていなかったが、サンマの煙でぼやけたり完全にカメラから見切れていたりして、誰も英二だと気づかないのだった。さすがである。

　海岸はフツウに戻りつつある。片づけを始める撮影クルー。
　バルシュ・コルテュルクはちゃっかりケバブ屋を開いて見物人に売っている。
（だいぶ道草食っちゃったな。ボクは帰ろう）
　新井すばるにはまだ配達が残っている。
（楽しかったし感謝されたし美味しかったし、いいこと尽くめだったなぁ）
　凛はルンルン気分で帰路につく。

（まだまだ練習しないとなぁ）
　荒國は少し納得がいっていない。
（もっと大きい火も操ってみたいなぁ……火力発電所とか）
　荒國のスケールはでかい。

　トラブルの連続だった撮影は無事に終了。寝子島振興VTR、寝子島サンマは大きな反響を得ることになるが、その裏で活躍した彼らのことはあまり知られていない。