不思議なお面にご用心？｜リアクション

不思議なお面にご用心？

　遡ること十五分前。ロベルト・エメリヤノフはお面屋の前で立ち止まった。
　ここにくるまでに色々買いこんでいたロベルトの両手は食べ物や縁日の玩具であふれているが、それでも近づいてゆく。
「いらっしゃい」
　店主がにっこりとロベルトを迎えた。
「こんなに沢山お面を売ってるなんて珍しいですね」
　しばらく吊り下がっているお面を吟味していると、端のほうに赤毛の犬の面を見つけた。なんと、ロベルトの燃えるような髪の色にそっくりである。
「あれ、下さい。端っこの赤い犬」
「まいどあり」
　手荷物が多いロベルトは、一度は迷わずお面をつけた。しかし次第に人目が気になり始める。
「頭の横につけておこう」
　しかしお面はびくともせず、ぴったり顔にはりついたままだ。
　お面の下で百面相している所へ、あの店の方からくる青年を目にした。目立つ金髪は、お面によって悪くなった視界でも十分に確認できた。
　どうやら、まだお面をつけてはいないらしい。それならば注意を促そうと声をかけたのだった。
　
　しかし、それは杞憂だったらしい。
　
「かわいい！」
　その声に綾花は振り向いた。近くに見失った猫がいるかも知れない、と思ったのだ。
　だが、続けられた言葉は。
「ワンちゃんだ！　かわいいねえ」
　声の主は金髪青年である。そこでやっと、綾花は話の途中で猫を追ってしまったことを思い出した。
「あ、謝らないと！」
　しかし近づこうとした綾花の耳に、不穏な会話が聞こえてきた。
「いい子だねえ。ほら、お手だよぉ。お手～」
「……は？」
「あれ？　聞こえなかったかな？　ワンちゃん、お手！」
「な、なんでそんなことしなくちゃいけないんだよ！　確かに、お面は犬だけどさ……」
　青年は聞く耳を持っていないようで、何を云っても「お手」をせがんでいる。相手は困り果てているようだ。
「とにかく、僕は犬じゃないんだ」
「んー？　おかしいなあ」
　その言葉と共に、今までにこやかに笑っていた青年の目が意味ありげに光り出す。
「悪いワンちゃんなの？　なら、ちゃあんとしつけてかわいいワンちゃんに戻してあげるねえ」
　遠巻きに様子を見ていた綾花でも肩の跳ね上がる眼力だ。その効果は相手にも十分だったのだろう。
　お面をかむった青年の手が、ぽん、と重ねられる。
　すると金髪青年は最初のようにきゃっきゃとはしゃぎだした。
「わあ、やっぱりかわいいワンちゃんだあ！　よし、じゃあ今度はワンって鳴いてみてよ～」
「だ、だから僕は犬じゃ」
「ワンちゃんなんだからちゃんと鳴けるでしょ？」
「………う、うう……わ、……わん」
「もっともっとー」
「わ、わんわん！」

　どうしてこんなことになったんだ、と思いながら、ロベルトは吠えていた。
　真っ赤になっているだろう顔はお面で隠れている。それだけが助けだと一息ついた瞬間、今まではりついていたお面がはらりと剥がれ落ちてしまった。
　その顔を見た依津は、今日一番の笑顔を浮かべてロベルトに抱きつく。
「よくできましたあ！」
「うわっ！　離れてくれ！」
「いい子だねえ！　俺、君のこと気に入っちゃったよお」
　そういいながら依津が取り出したのは、全くもって用途不明の真っ赤な首輪だ。満面の笑みで差し出されたアイテムをみて、ロベルトは顔を青くする。
「やっぱり赤毛ワンコには赤い首輪だよねえ」
「いや、いやいや」
「つけてあげるから後ろ向いてぇ。　ね？」
　ずいずいと近づいてくる依津を拒む術は、ロベルトにはもう与えられていなかった。

　にゃあ？　と足になすりついてきた猫を撫でながら、綾花は深い溜息をついた。
（赤犬さん、助けられなくてごめんなさい。でも、流石にあれは……）
　よく見ると、ごろごろと喉を鳴らす猫には赤い首輪がついている。
「世の中には、色んな人がいるんですねえ……」
　綾花の呟きに答えるように、猫は気持ち良さそうな声を出した。

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