寝子島に台風がやってきた｜リアクション

寝子島に台風がやってきた

【台風直撃中：桜花寮の人々】

　綾辻綾花は現在、桜花寮の食堂で七夜あおいと向かい合って自習をしていた。
　数学のノートを広げ、七夜と問題を解き合っていた。
　本当は、自寮の猫鳴館に１人でいるのが不安だから、という理由だのだが。
（前日から猫鳴館の台風対策はしてきたし、奈良旅行のお土産で買ってきた身代わり猿にお願いしてきたので大丈夫です！）
　軒先に吊るした魔除けのお守りに願掛けするあたり、やはり最後は神頼みだな、と綾辻は苦笑いをする。
　テレビの前には、本物の神様（今はただの“ひと”だが）の野々ののこが、口をポケーっと開けたまま、食い入るように台風情報をチェックしていた。
「地風、今ちょうどに寝子島付近だって！　ばびゅーんって空飛べるかな？」
「ののこちゃん、空へ飛ぶ前にびしょ濡れになっちゃいますよ」
　綾辻は優しく諭すように言った。
　このアホの子、先程の財前華蓮のように外へ飛び出しかねない。
　機嫌を損ねずに優しく食い止めないといけない。
　そこへ八神修がののこの傍に腰を下ろし、テレビの画面を指差した。
「野々、台風の仕組みを知りたいか？　理科の勉強にもなるぞ」
「うん！　教えて教えて！」
　野々はまるで幼稚園児のようにキャッキャとはしゃいでいる。
　八神は早速ノートに台風の断面図を描き、詳しく解説しだした。
「台風は雷雲の大きな塊だ。雲の中では気流という風の流れがあって、それがぐるぐる海面と上空を巡回しているんだ。そして西からの偏西風という風に煽られ、渦上に大きくなっていくというのが現在の有力な説だ」
「有力って……、台風のメカニズムって分かってないの？」
　七夜の問いに、八神の顔付きが引き締まる。
　顔の周りにキラキラのオーラを纏わせながら答えてくれた。
「そう、じつは台風の発生原因は未だに解明されていない。様々な説が唱えられてきたが、どれも確証を得ていないのが実情だ。だが、台風の発達に関してはかなり研究が進んでいる。台風の原動力は凝結に伴って発生する熱で、これは温暖な空気と寒冷な空気の接触等による有効位置エネルギーが変換された運動エネルギーが発達のエネルギー源になっている温帯低気圧とは一線を画す大きな違いであり……」
「修君、難しくて分からないよ～」
　ののこは眉を八の字にして仏頂面をしていた。
「す、すまない。野々には専門的すぎたか」
「私たちにも充分なほど専門的です……」
　綾辻は完全にこの場のツッコミ役と化していた。
　ちなみに、八神が自室のある星ヶ丘寮ではなく、桜花寮の食堂にいるのかというと？
「七夜、分からないことがあったら聞いてくれ。俺がヒントを上げよう」
　あ……。
　察しのいい人なら、八神の目的が何なのかは明白だった。
　その後、八神は台風の恐ろしさや災害時の心得などを、かなり噛み砕いてののこへ教えていく。
「へぇー！　台風ってすごいパワーなんだねー！」
「そうだ、だから不用意に外へ出たら危ないぞ」
「うん、分かった！　私、外に出ない！」
「ののこちゃん、分かってくれたようですね」
　内心、いつ飛び出すやらとハラハラしていた八神と綾辻は安堵の息を漏らした。
「でも、華蓮先輩は大丈夫かなぁ？　準備するって言ってたけど……？」
　八神と綾辻は、食堂で起きた今朝の出来事を知らない。
　何かが起きる。しかもとびきりのカオスが。
　ののこ以外の面々は、引き攣った顔で笑う他なかった。