寝子島に台風がやってきた｜リアクション

寝子島に台風がやってきた

　ラウンジに到着すると、李と黒依が到着していた。
　その後ろから、御剣と桜庭と小山内がラウンジに通された。
　更に、御剣たちをで迎えに来た弘明寺もばったり出くわす。
「もしかして……、みんな、私目当て、かしら？」
　目を丸くして口の前に手を当てる菜々緒。
　全員が、菜々緒へ視線を寄せているからだ。
「李と黒依たちも来てたのか。偶然だな……」
　御剣がコンビニ弁当が入ったレジ袋をぶら下げながら驚いていた。
「御剣さん、こんにちわ。でも私と小麗さんは、雨風が酷くなる前に帰るつもりよ」
「そうか、せっかく顔合わせたのに残念だな」
　御剣は、李が担いでいる米袋をじっと眺め、ヨダレを拭っていた。
　その後ろから、小柄な桜庭が菜々緒の前へ飛び出してきた。
「ナナオー！　暇そうだって聞いたから遊びに来たよー」
　桜庭の言葉に、御剣も応呼する。
「そういうことだ。ってことで、おーい女王、あーそびーましょー！」
　珍しく、御剣がおどけていた。
『刀くん、なんかむりしてない？』
　小山内のツッコミに、御剣は目線を泳がせた。
「本来なら玄関前でやろうかなって思ったけどな……」
　ギャグを振り抜かず、ヒットを狙いに行ったら大怪我した芸人のような言い訳だった。
　小山内も菜々緒に向かって、スケッチブックの筆談で挨拶を行った。
『こんにちは、あそびに来たよ。こんな天気だけど来ちゃった』
「ありがとう、３人とも。……海ちゃん、漢字の量が増えてる？」
　以前は、会話のテンポを重視するため、ほぼ平仮名だけの筆談だった、と菜々緒は記憶している。
　それに小山内は首を小さく降ってサラサラとペンを走らせる。
『かくすうの少ないかんじはかくよ』
「そうだったのね、以前の記憶と違ったからちょっと不安になっちゃったわ」
　以前の記憶……オリジナル人格の菜々緒の記憶にはなかった記憶。
　この差異を目の当たりにした小山内は、改めて目の前の菜々緒が『別人』であることを思い知らされた。
（私の中ではやっぱり前のせんぱいと今のせんぱいは別の人。だったら同じ接し方でも、ちゃんと別人として扱って接した方がいいのかな？　そうじゃないと、前のせんぱいにも今のせんぱいにも失礼な気がするし……）
　今日はちゃんと聞いてみよう。
　そう心に決めた小山内である。
　桜庭はリュックに避難していた愛猫を出してあげると、菜々緒に紹介した。
「この子、にゃーくん。とても賢いよ。ほら、ナナオだよ、こんにちはーって」
　にゃーん、と返事をするにゃーくんに菜々緒はびっくり。
　桜庭がにゃーくんの頭を優しく撫でれば、信頼しきっているのか、にゃーくんはお腹を出して床に寝転んだのだ。
　ワンテンポ遅れて、弘明寺も挨拶をした。
「はじめまして、１年の弘明寺能美子といいます。私も星が丘に住んでいるので、何か困ったことがありましたら喜んでお手伝いしますわ」
　そして前もって購入していた高級茶葉の袋を菜々緒に手渡した。
　だが弘明寺の振る舞いに御剣が違和感を感じた。
「あれ、弘明寺って、いつも俺の前だと眉間にシワ寄せてるから、常に不機嫌なのかと……」
　御剣の言う通り、今の弘明寺は菩薩のような優しい笑顔だった。
　普段の氷原のような凍えそうな眼差しと不機嫌そうなオーラを知っている彼だからこそ、目の前の愛想笑いを素直に感心していた。
「み・つ・る・ぎ・さ・ん？」
　ゆっくりと御剣の方へ向く弘明寺の顔が、笑顔から般若の顔へと変わっていく！
「え、なんで怒っているんだ？　ごめん！」
　御剣は反射的に謝った。