歌え！　笑え！　シング・ア・サンドー｜リアクション

歌え！　笑え！　シング・ア・サンドー

「さあどんどんいきますよ。続いては雨寺凛さんです。どうぞー」
「こんにちはー！」
　舞台慣れしている凛は、緊張をみじんも感じさせない笑顔で観客席の方を向いた。
「雨寺凛です、音楽大好きで、普段は軽音部でロックやってます！　あ、あとシーサイドタウンの『シャンテ』でバイトもしてます！　このカラオケ大会をみて歌いたくなった方、ぜひ当店へ！　あ、テンチョーみてる？　ばっちり宣伝したよー！」
　どこにいるとも分からない託志に向かってぶんぶん手を振る。
　すると群衆の中から旗がひとつ、ひらひらとはためいたのを凛はみつけた。
「見事に音楽づくめの毎日ですね。そんな雨寺さんの歌う曲は？」
「大好きなロック歌います！　最近流行ってるガールズバンド『アビシニアン』の曲です」
　きゃあっと若い女の子の声が聞えた。凛と同じ年代のファンの子だろう。
「では参りましょうか。雨寺凛さんで、『アグレッシブ』」
　聞きなれたイントロが始まる。凛はくっと顎を引き、マイクを強く握った。

♪
　構えはクラウチングスタート　前のめりで突き進んでいけ
　進むはフルスロットル　恐れる事なんかないさ
　モヤモヤ　ストレス　全部燃やし尽くしてー
　未来に向けて　全速力で駆けてー

自慢の黒髪を乱し、ライヴそのままの臨場感を保ちながらサビにはいる。
「お、なかなかやるじゃねえか」
　託志はステージを駆けまわる凛をながめ、ひとりごちた。

　
♪
　思いっきり行こうアグレッシブに行こう
　何があるかわからない　だから面白い
　全速力で行こう　アグレッシブに行こう
　リズムビート刻んで　突き進んで

　私の未来は私の物
　誰にも邪魔はさせない

　最後のフレーズでとびきりの笑顔を作る。拍手の波の中、「かっこいい！」と歓声が飛んできた。
　さっき騒いでいた原曲のファンの子たちだろう。
　拍手をしながら、なぎさは曲が始まる前に旗を降っていた託志に尋ねる。
「カラオケの店長さんなんですか？」
「そうなんですよ。凛に先越されちまったけど、『シャンテ』よろしくお願いします」
　三人に名刺を配ると、意外な反応があった。
「雨寺と知り合いなんです、俺。しかしあいつ歌上手いな」
「凛ちゃんかっこいいですね。あ、実は私もなんです」
「マジか！　世間は狭いな」

　自分の話で花が咲く審査員席のことなど凛はつゆ知らず、少しだけ上がった息を整えていた。
「圧巻のパフォーマンスでしたね。流石はバンドマン。ひとりでもバンド分のオーラでしたよ」
「はい、気合いれました！　やっぱり歌うの楽しいですね！」
「傍目にもその楽しさが伝わってくる歌でした。さあ、雨寺さんの歌の評価はどうでしょう、みなさんどうぞ！」
　修と綾花は迷わず白を、なぎさは黄色をあげた。
「こりゃあ、サービス追加してやらないとな」
　託志はそうひとりごち、白をあげる。
「半数以上が白ですね。それでは喉ケア用品を進呈いたします」
「やったー！　ありがとうございました！」
　手を振りながら舞台袖にはける。そこで順番を待っていたのは眼鏡の似合う同年代の女の子だ。
　がんばってね、と声をかけると、少女はありがとう、とはにかんだ。
「カラオケ、あとで行くね」
「ほんと？　ありがとう！　私がフロントだったらサービスするから云ってね！」
「やった！　店長さんにもよろしく」
　気さくなその子とハイタッチをし、凛は奥へ引っ込んだ。