ウォータースライディングそうめん＋＋｜リアクション

ウォータースライディングそうめん＋＋

●ようやく、そうめん

　それは誰が見ても長く苦しい戦いだったと言えるだろう。もうすぐそこに『始まり』が見えているのに、その、すぐそこにたどり着くのに随分時間がかかったのだから。龍目豪も黒滝竜也も旅鴉月詠も。よく心が折れずにたどり着けた。
「あと、少しだからな……！　あんまり、下、見るんじゃないぞ！」
　豪の言う下と言うのは、もちろん足元のことではなく、彼らが登ってきた川そのもののこと。自分たちの背後のことだ。
「……ああ」
　竜也は相変わらず静かに受け答えをし、ひとつひとつの難所を確実越えていく。月詠にいたってはもはや無口を通り越して、声が聞こえていないのではないだろうかというほどである。だが豪の言ったようにゴールはすぐそこだ。
　ファンタジー世界のRPGに出てきそうな、魔物の触手のごとく絡みついてくるそうめんも、もう意識せずとも避けられるほどになっている。ただただ、恐ろしいのは自然そのもの。その自然と対峙し、そうしてたどり着いた先にあったものは――
「これが……」
「川の源流か」
「……そして、神魂」
　こぽりこぽりと可愛らしい音を立てて地面から染み出し、湧き出す泉。その泉に混じって一筋。二筋。白銀に輝くそうめんが生まれていた。しばし一同、その光景に圧倒される。山の一角の隠れるように佇んでいる泉と、本来ならば相まみえることがないだろうそうめん。
「誰かが流しているわけでは、なかったのだ、な」
　月詠はホッとしたような、残念そうな声でそう言い、近場の岩に腰掛ける。竜也はその間も、ただジッとこの景色に耽っていた。
　豪はといえば、手荷物から水質調査キットを取り出し、すかさず水質の確認を行う。
「川の水は綺麗だし、食べても問題なさそうだ」
　半ばわかりきっていたことではあるが、こうして天辺でこの作業をするというのは、なんとも感慨深いものがある。
「猫又川の水は調査したことがあるんだが、この水はそれより綺麗だと思うぜ」
「……ああ」
　そうしてひと通り各々、やるべきことをしてから。月詠が食事セットを絵の中から解放する。
「……食事にしようか」
「ああ！」
　豪も促されるままに岩に座る。すると岩の冷たさ、山の冷たさ、水の冷たさが全身を駆け巡る。けれどそれは不愉快なものでも自然の厳しさを感じるものでもなくて、『お疲れ様、頑張ったね』と母に抱かれているような。気恥ずかしさとくすぐったさを感じるものであった。
「うん、美味い！　心配なら火を通して温麺にしてもいいだろうが、この冷たさは格別だぜ♪」
「……ああ、本当に、旨いな」
「格別と、言うべきか」
　もちろんそんなところで食べる自然のそうめんがマズイはずもない。つるりと喉を滑り落ちていくそうめんは、身体の奥底まで染み渡り、疲れきった筋肉に酸素が巡っていく――そんな心地よさに似た、旨さだった。
「無駄にするのももったいないし、食いきれない分は持ち帰るか？」
「下流の人たちも食べているだろうから、降りてからでいいのではないか」
「それもそうだな」
　寮で改めて流しそうめんにしても良さそうだ。
「あ、あのぉ……！」
　そこへ、椿美咲紀がやってくる。
「そ、そうめんは……」
　三人は視線でそうめんの在処を示した。
「わあああああ、すごいのですー！」
　美咲紀の感激っぷりは、三人とは違ってわかりやすいものだったが。なんにしてもこうして苦労した甲斐があった。この場に居合わせたものは、皆、同じように思ったことだろう。

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