ゆら、ゆらり、と海の月｜リアクション

ゆら、ゆらり、と海の月

◯気まぐれサイクリング

　茜色の空に背を向けて暗道忍はフラフラと歩いていた。今日も一日バイトに明け暮れ、そしてまた向かうのもバイト先（住み込みでインターネットカフェ眠り舎のモニタリングをしているため、帰宅というべきかもしれないが）。休憩時間ともいえる移動時間を堪能するように忍はのんびりと歩いていた。
　そうして彼が寝子島街道を歩いていると、車通りが少ないことと――
「今日はなんか路上で寝てる奴が多いな……」
　ということが目についた。
「日向ぼっこか？」
　ニッと口を横に伸ばして笑い「って夜だから違うか！」自分でツッコミを入れる。
　とりあえず起こしてやるか、そう思い、忍は見ず知らずの行き倒れた人々に手を差し伸べる。
「おーい、大丈夫か？」
　飄々とした笑顔を携え忍が声をかけると、倒れていた人も力なく笑った。
「気にすんな、流石にこんなところで寝っ転がったら他の人に迷惑だろうしな」
　忍のそんな軽口に対しても、相手は力なく笑う。
「しかしこうも倒れてる奴が多いと逆に笑えて来るな」
　ざっと見渡しただけでも数人は倒れている。とりあえずということで救急車を呼ぶが、すぐに台数は足りなくなるだろう。
「仕方ない、これも何かの縁だ！　とことん倒れてる奴を探そうじゃないの！」
　忍は救急車の到着だけ待ち、次なる行き倒れ人を探すために目的地を変えた。

　その頃、八神修は自転車にまたがり島中を走り回っていた。忍のように倒れている人を探そうと思ってのことではなく、空き時間で息抜きにサイクリングを楽しんでいたのだ。
「ふぅ、だいぶ遠くまで来たな」
　一息ついて辺りを見渡すと、海に沈んでいく夕日が修を労ってくれる。自転車のカゴから顔を覗かせるのは、甘えん坊の仔猫タイガ。ひとりじゃ寂しいからなと連れてきたが、むしろタイガの方が喜んでいるようだった。
「春先は自宅から美術館に行くのでもへばっていたのにな……」
　多少疲労感を感じはするが、帰り道を考えたって余裕がある。修は毎朝のランニングの成果を実感して、充足感が胸に広がっていった。
「いい、風景だな」
　それからタイガの横で大人しく揺れていたカメラを取り出し、シャッターを切った。それを目ざとく見ていたタイガは自分も抱き上げて欲しいと喉を鳴らした。
「わかった、わかったから」
　本当に甘えん坊なんだから。修は我慢のきかないタイガを抱き上げ、目と目の間――眉間のあたりを円を描くように撫でてやる。
「ふみゃぁん」
　幸せそうな鳴き声を聞いていると、わずかな疲労感もすぅっと風に溶けていくような気がした。
「ふにゃッ！」
　そんなタイガが急に叫び声を上げる。どうしたのだろうか。修が辺りを確認すると――女性が倒れていた。
「大丈夫ですか？」
　すぐさま修は倒れている女性に駆け寄る。「は、はい」と返ってきた声はか細いが、たしかに意識はあった。
「失礼します」
　まず身体を起こして、外傷の有無を視認した。それから倒れたときに頭を打っていないかというような質問をいくつかして、彼女の状態を把握する。
「……なるほど、熱中症かもしれませんね。ハチミツレモンは食べれますか？」
　保冷剤でしっかりと冷やしてある自家製のハチミツレモンを差し出すと、女性は薄く唇を開いた。が、手は一向に上がってこない。
「力が入りませんか？」
　はい、の返事は前よりもかすかなものに変わっている。
（しかし、妙だ）
　顔が赤くなっていたり、触れたところが熱かったり、逆に冷たすぎたり――そんな症状は一切ない。ただ女性は、力が入らないと主張する。
（救急車を呼ばなくてもいいだろうか……？）
　悩んだ末、修はスマートフォンを取り出すのだった。

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