ゆら、ゆらり、と海の月｜リアクション

ゆら、ゆらり、と海の月

◯愛する

　畳に敷かれたふっくらとした布団に身を預けると、とたんに身体の不安定なものがなくなっていくような気がした。毒島イヴも、そのお腹の赤ちゃんも、緊張から解き放たれた。
「あの、イヴさん、だったかしら？　お腹が、こう違和感とかあればすぐに言ってちょうだいね」
「……ああ、」
　イヴの代わりに毒島柘榴が答えると、家の主はまたなにかを思い出したようで、去っていった。
「まったく驚かせるんじゃねーよ……もうやんちゃ出来るような身体じゃねーんだから」
　その背を見送ってから、今度は柘榴が愚痴めいた――いや心底心配しているゆえの言葉を吐く。言っていることは至極まっとうでイヴも反論の余地がなかった。
「この際ちっとは大人しくなれ」
　命令口調なそれ。けれど声色はやさしくて、切実だ。
「イヴ、お前に何かあったら俺は……」
　震えないようにと懸命に喉に力を入れて、かえって絞りだすようにか細くなってしまった柘榴の声。けっきょく途中で途切れてしまったけれど、その先に言おうとしたことはイヴにも容易に想像できる。
「だい、じょう……ぶ」
　萎えた手を叱咤して、イヴは必死になって柘榴に向かって伸ばした。
「柘榴を、残して……居なく……ならない、ネ……」
　どうにか柘榴の頬に触れる。触れる指自体は震えているけれど、寝転んで動けないままだけれど、イヴは精一杯頬を撫でた。そして抱きしめるように首に触れる。
「だい……じょう、ぶ」
「チッ、」
　柘榴はすぐにイヴの腕を振りほどいて――振りほどいてというにはやさしすぎる動きだったけれど――、そっぽを向く。
「別に何でもねェよ」
　わずかに見える横顔が、少し赤いように見えたけれど。そこには触れないであげよう。イヴはくすりと微笑み、彼の代わりとでも言うように甘える。
「なんだか、熱いから……少しだけ水に、触れたいな」
「あ、ああ……濡れタオルでいいか？」
　イヴが小さく頷いてみせる。すでに準備してくれてあったタオルを柘榴は手に取り、そっとイヴの額に乗せた。
　すると――
「光ってる？」
　自身の額からぼんやり、間接照明よりももっとぼんやりとした光が放たれていることに気がついた。
「綺麗……ダネ」
「ハハッ、ろっこんの仕業だってことか」
　柘榴は乾いたような吹っ切れたような笑いを見せた。
「けどよぉ……」
　吹っ切れた後は、かすれるような――今度は柘榴が熱に浮かされたような声を出す。その瞳はイヴしか映しておらず、目を逸らせなくなる。
「綺麗だぜ、イブ」
　イヴが言った『綺麗』とは温度がまったく違った。イヴに触れる指にも、同じような熱がこもる。
「どんな宝石よりも何倍もな」
　そう言ったところで光が引いていく。
　そう言ったところでガタンと背後で音がする。
「あ、あの、別に、あら……おほほほ」
　どうやら家の主が入るに入れずようすを窺っていたらしい。
「な、仲がいいことは、良いことよねぇ……」
　『イチャイチャしてる！　イチャイチャしてる！』というからかい、『お前ら人の家でいちゃついてんじゃねーよ』という怒気、『きゃーきゃー！』というミーハー魂。いろんなわかりやすいものが混じった声色だった。
「う、」
　うっせーぞと怒鳴りたかったのだろうが、相手も相手。柘榴は言葉を飲み込んで、ますます茹でダコのようになっていた。
「ありがとうネ、だいぶ良くなったのネ」
　イヴは柘榴に手伝ってもらいながらどうにか身体を起こし、礼を述べる。
「もうだいじょうぶなのぉ？」
「柘榴がおんぶしてくれるネ」
　へ？　と驚いている主人をよそにイヴは背中によじ登ろうとする。といっても、まだそこまでの力は戻っていないのだけど。
「――これくらいの我儘……いいよね？」
　そんなかすかな甘い囁きは柘榴の耳にだけは届いた。
　だって、また赤くなっているから。

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