遠い夏の日が｜リアクション

遠い夏の日が

　周りにはいつの間にかギャラリーが出来ているのか、ちらほらと取り囲む陰が出来ていた。それでもお構いなしなのか、リングを挟んで向かいあった文貴と託志はがっしりと手を組む。
　文貴は腕っ節に自信があった。なんでも彼は大人数を相手に喧嘩をしても一人で勝ち抜いた事があるらしい。
「はんっ！　てめぇみてぇなへなへなへなちょこ野郎に負けねぇよ」
　と嘲笑交じりに挑発すれば、託志も負けじといい笑顔で
「言いやがったな。こっちだって腕っ節にはちぃと自信があるんだっ。負けてたまるか！」
　と言い放つ。外野がそれに歓声を上げれば、忍は楽しげに笑いつつも二人の手の上に手を置いた。「贔屓は無しだ。しっかり判定しろよ？」と文貴が言えば忍は「勿論」といい顔で頷く。
「それじゃ、いくぞ。レディー……ゴー！！」
　忍の掛け声と共に腕相撲はスタートする。がっちりと手を組み、相手を倒さんと力を込めていく。その姿に盛り上がる外野の声など聞いてはいない。
（やっぱ強えぇなっ！）
　文貴と向き合いながら託志は額に汗が浮かび上がるのを感じでいた。文貴は本気で戦っているし、そうでなければ友達に失礼だ、と考えていた。勿論託志も本気で腕まくりをしている。まぁ、彼は勝負事自体好きで、ノリで楽しんでいる所もある。
「俺の物は俺の物、お前の物も俺の物。……従って、焼きそばパンは……俺の物だ！」
「何、その結論？！　余計に負けてらんねぇよっ！」
　力を込めつつも持論を唱える文貴に思わず突っ込む託志。僅かに緩んだその隙に、文貴は勝負に出る！
（うおおおおっ！　剣道と書道で鍛えた俺の腕が光って唸るっ！）
　ぐっ、と力を込め直し、気合と共に託志の手を絵の具へと押し付けようとする。それでも堪えた託志は「まだまだぁ！」と文貴の手を押し返した。

　とまぁ、盛り上がるなか、ちらり、と購買を見る忍。
（……そういえば焼きそばパン、取っておいてと言ってないだよな、どっちも）
　こうしている間に、焼きそばパンは無くなっていたが、勝負に熱を上げる２人は知る由も無い。
「うらああっ！！」
　文貴が力いっぱい絵の具へと託志の手を押し付け、勝負あり。忍は文貴の手を高々と上げた。
「おめでとう、文貴。さぁ焼きそばパンを買う権利は君に与えられた！！」
　周りが拍手する中、クールな笑みで勝利に酔う文貴だが、ここで既に焼きそばパンが完売している事に気づく。
「あー……」
　絵の具まみれになった手と購買を見つつ託志が複雑な顔になる。が、忍はだいじょうぶ、とばかりに笑っていた。
　後程、彼は３人分の焼きそばパンを購入しており、それを２人に渡した。思いっきり遊んだ後の焼きそばパンは格別で、３人は笑いあいながら昼食を取る。その後、腕相撲を楽しんだり、まったりおしゃべりしたりと平和に過ごした。
　忍は腕力がないとか言いながらも相手の肘を浮かせるという技で勝利したりして、軽やかに笑う。そこから馬鹿騒ぎに発展したりして、なんだかんだと３人は楽しそうだった。

　ちなみに、ラスト１つの焼きそばパンはというと……？
「勝負あり、だな」
「ま、負けたノー……」
　人を掻き分け、焼きそばパンをゲットした柘榴。一方のイヴは手に入れることが出来ずしょんぼりしてしまう。そんな姿に愛しさを憶えつつ柘榴はぽんぽん、とイヴの頭をなでる。
「まぁ、一緒に食べればいいじゃねぇか。それに、ほれ」
　と取り出したのは焼きそばパンのほかにいろいろな惣菜パン。頭をなでられただけでも嬉しかったイヴだが、これにも顔を綻ばせる。
「ありがと、柘榴」
　人目はばからず抱きつくイヴに、柘榴は頬を赤く染める。そんな２人の様子を冷やかす声が聞こえ、柘榴は「わかったから、早く行くぞ」と促すのだった。