遠い夏の日が｜リアクション

遠い夏の日が

　一方、こちらは北校舎の１階。ダンスや演劇の授業で使われる教室では演劇部が練習をしていた。そこに所属する神野マキナと紅林柳霞は台本読みの練習を行っていた。因みに今日のお題目は『ロミオとジュリエット』の有名なワンシーン。
「本当はバルコニーの上下というシーンだけど……」
　そういいつつも、今回は近くでやってみる事に。
「柳霞はどっちをする？」
「私はジュリエットをやってみたいな」
「それじゃあ、ぼくがロミオだね」
　と2人で少し話し合うと、早速練習。ハンサムなマキナがロミオ役、という事もあり柳霞の表情も自然と恋する乙女のそれへと変わっていく。「ああ、ロミオ。貴方は何故にロミオなの？」と始めの台詞を口にすれば、マキナもまた表情を引き締める。所が、続く台詞には彼女のアレンジが加わっていた。
「愛してくれるというのなら、私のために名前を捨てて。私をあなたの力強い腕の中で眠らせて……」
　そこまで言い切ると一度祈るように俯き、天を仰ぐ仕草を見せる。それを見たマキナはなるほど、と頷き……行動に出た。
「夜毎姿を変える不実な月でもいい、私達を救ってくれない神にでもいい、誓って、私を……」
　と柳霞の台詞の途中で姿を現し、熱い眼差しを向ける。驚き、隠れようとする演技を見せる彼女に、マキナは台詞を口にする。
「隠れないでくれ、愛しい柳霞」
（えっ？！）
　ジュリエット、と呼ばれると思っていた柳霞は思わず眼をぱちくりとするも、「貴方は誰なの？」と台詞を口にする。マキナはそっと手をとって彼女の眼を見た。
「マキナだ。柳霞、君に会いたくて月に誘われここまで来た」
　こうして繰り返される熱い演技に、周囲も注目する。一番どきどきしていたのは柳霞自身ではあるが、一番盛り上がったのも確かである。
　２人が二幕のワンシーンを演じ終えると、喝采を受ける。それにテレながらも、楽しかった、とマキナが笑えば柳霞はうん、と頷いた。

（折角だから屋上から景色を眺めてみようかな）
　円城徹は何気なく屋上へやってきていた。日影にくるとそこからあたりを見渡し、遠い眼を向ける。彼の記憶の中では、屋上に上がれなかったような気がしたが、これは夢である。ならば、こういうのもいいだろう。
　校庭に眼を向ければ、部活に励む者、のんびりと会話を楽しむ者、帰宅する者……と、いきいきとした生徒達の姿を見る事が出来た。その様子を眺めているうちに、遠い日の出来事が脳裏をよぎる。
（僕も当時は、真面目に勉強に励んでいて、部活もがんばったなぁ。……ん？）
　ふと、眼を向ければ校舎裏に向かう影が。そんな姿に「呼び出しかな？　そういえば、高校の頃は好きな人がいたなぁ」と小さく呟く。
「よう」
　不意に声がし、振り返る。と、暗道忍が手を上げた。徹も手を上げて挨拶すれば、自然と並んで景色を見ていた。
「……楽しかったな、今日も」
「そうだね」
　何気ない忍の呟きに、徹も頷く。けれども、２人ともこれが『夢』である事に気づいていた。忍はそっと左目を閉ざし、ため息を吐く。
（過去にした経験は【決して変える事の出来ない結果】として残るものだが、こういうのもたまには悪くないな。それが、例え……『夢』であっても）
　落ち着いた気持ちで右目も閉ざし、静かに頷く。と、徹が何かに気づく。
「あれ、志波くんかな？」
「ん？　どこだ？」
　彼の呟きに忍が反応し、姿を探す。と、２人が見たのは、木に登る志波高久の姿だった。