遠い夏の日が｜リアクション

遠い夏の日が

急：たとえこれが夢だとしても

　――放課後

　夢宮瑠奈は何気なく１年７組の教室に来ていた。誰もいない教室で、彼女は迷うことなくとある場所へ向かう。そこは、教室の後ろにある黒板の前だった。それを見、瑠奈は眼を見開く。彼女の記憶では落書きがあった筈だが、そこに書かれていたのは連絡事項と猫のイラストだった。
（……なんでだろう？　記憶と違うような……）
　そう思いつつも、今度はこっそり置いた『言いたいことノート』を探すが、見つからない。不思議に思いながらあたりを見渡す瑠奈であったが……やがて、顔を上げる。
「あれ？　あたし……１組の生徒、だよね？」
　それなのに、何故芸術科の教室に私物がある、と思ったのだろう？　暫くの間考えていた瑠奈であったが、ややあって顔を上げた。
「そっか。これは……夢だったんだ」
　瑠奈はどこか寂しげに呟くと、７組の教室を後にした。暫く歩くと毒島柘榴と毒島イヴに出くわす。
「なんだ、夢宮じゃねぇか。探し物か？」
「うん、そんな所。でも、見つかったから」
　じゃあね、と手を振ってすれ違う瑠奈。柘榴とイヴは不思議そうに顔を見合わせて首をかしげる。そうしつつも柘榴には、瑠奈の呟きが聞こえていた。

　――ここの１組の皆は、あたしの事、覚えていてくれるかな……？

　風紀委員である柘榴はイヴと共に見回りしていた。何気なく柘榴と腕を組みつつ、イヴはニコニコ顔であった。
「楽しそうだな」
「本当に、楽しかったヨ。勉強も、友達とのお喋りも、馬鹿騒ぎも！」
　優しい眼差しで柘榴が問いかければ、イヴは弾んだ笑みで指折り数え、ちらり、と柘榴を見る。
「ん？」
「それにネ、柘榴と一緒だったから、嬉しかった」
　ぎゅっ、と腕に抱きつき答えるイヴ。そんな姿に愛しさを覚え、柘榴はそっと彼女の頭を撫でた。
「学校生活って、こんなに楽しいモノだったのネ♪」
「そうか……。それは、よかった」
　ぎゅっ、とイヴを抱き寄せ、静かに囁く柘榴。２人は互いに微笑み合うとどちらからともなく唇を重ねる。
「愛している」「……私も」
　そんな囁きが放課後の喧騒に解けた。

　この後、２人で化学部へ顔を出したのだが、ピコ先生（野々ののこ）の計らいで今日はカルメ焼きを作る事になった。ふわりと甘いその味に、イヴはとても愛らしい笑みを零し、柘榴はそっと見守った。

　英モニカは音楽室にいた。彼女は合唱部に所属しており、今日は練習が休みな為自主練習をしに来たのだ。
（少しでも練習しておきましょ）
　と発声練習を一通りし、コンクールの課題曲を歌い、次に脳裏に浮かんだ懐かしい曲を歌う。そうしていくうちに、モニカの脳裏には色々な事が浮かんでいた。
　合唱部の皆と力をあわせ、色々乗り越えながら得たモノや３年間がんばり続けて来た事は彼女の自慢だったし、テスト勉強や受験勉強も友達と一生懸命がんばった。
（そういえば、物静かで優しいあの人に叶わないとわかっていて告白したのはいつかしら）
　そこで、ふと、モニカは歌をとめた。自分は、高校に入ったばかりのはずだ。それなのに、何故これほどまでの色々な記憶があふれ出るのだろうか？
（……どういう、こと？）
　答えは出ない。けれども、彼女の澄んだ青い瞳からは幾筋もの涙がこぼれていた。何故だろう、止め処なく毀れる雫にモニカは心のどこかで答えを見つけた気がした。
「そろそろ帰ろうかな」
　私の帰りを、待ってくれる人の所へ、と呟いて、モニカは音楽室を後にした。