ある気まぐれな空模様｜リアクション

ある気まぐれな空模様

　志波拓郎は、スポーツ用品の買い物に来ていた。１人……ではなく、隣には高梨彩葉の姿がある。今日のこの買い物に付き合って欲しいと思い、拓郎が誘ったのだ。
「このＴシャツ、似合いそうだよ。どうかな？」
「買って、みる……こっちは……どうだ？」
「これも似合うよ！　うん、かっこいいね」
　買いたいものを買い、彩葉が似合うと言ってくれたものも買って、２人は寮への帰途につく。
「さぁ、寮に……帰ろう」
　拓郎はちらりと彩葉の手を見た。ぶらぶら所在無く揺れている彩葉の手は、どこか寂しそうにも見える。
（勇気を出して、手を繋いでみようかな）
　拓郎は何も言わずに、彩葉の手を握った。最初は驚いた表情をしたものの、彩葉は、照れつつも嬉しそうな笑顔を見せる。彩葉の笑顔を見て、拓郎の心は温かくなった。
（恋人って、いいな……）
　そう拓郎が思ったのも束の間だった。突然、空が薄暗い雲に覆われる。
「……ん？　いきなり、天気が……崩れてきた？」
「え？　さっきまで晴れてたのに」
　快晴だったはずの空から、急に土砂降りの雨が降ってくる。
（雨？　しかも雷も！？）
　夏の天気は変わりやすいとはいえ、変わりすぎだろう。物凄い稲光の音が鳴って、拓郎と彩葉は思わず、繋いだ手を離してしまった。

『怖がった姿も可愛い……』
『しばっちはかっこいいなぁ』

「夕立……にしては急すぎる……ってあれ？　もう止んでる？」
　空はまた晴れていた。それはそうと、今聞こえたのは一体何だったのだろう？　拓郎は喋ったつもりはなかったが、聞き間違いでなければ、確かに拓郎と彩葉の声だった。首を傾げつつ、拓郎は彩葉を見る。びしょ濡れになっているのはお互い様だが、雨に濡れて透けている彩葉の姿は、目の遣り場に困った。拓郎は照れながら、もう一度勇気を出して、彩葉の手を握った。

　彩葉は再び手を繋いだ拓郎を見る。手を離してしまったときは、咄嗟だったとはいえ、名残惜しい気持ちがあった。だからこそ、もう一度繋いでくれたときは嬉しかった。拓郎の服も彩葉と同じように濡れている。土砂降りの雨に遭ったのだから当然だ。服が肌に張り付いてちょっとセクシーだと思ったけれど、絶対に言わないでおこうと思う。手を繋いで、少し肌寒さを感じ、彩葉は空を見上げた。
「あ、雪だよ……」
　突然の雷雨に、突然の雪。雷雨だけなら夏の天気ならまだあるかもしれないが、雪となるとそうだと頷けない。これは百パーセント、神魂の仕業である。雪のせいか、周りの温度がどんどん下がって、寒くなってきた。寒いから、と、さっき買ったばかりのスポーツタオルや上着を、拓郎が彩葉にかけてくれる。
「寒いなら手を離せばいいのに」
「離したくない、というか……」
　手を離すことを提案してみるが、拓郎は離してくれない。離せば解決するけれど、なんだか名残惜しい気持ちもある。提案はしたが、できることなら、彩葉もこのままでいたかった。
（拓郎も同じ気持ちなのかな？）
　顔を少し赤く染めた拓郎を見て、彩葉もつられて顔を赤くする。季節外れの雪を眺めながら、拓郎と彩葉は手を繋いでくっついて、寮へ続く道を歩き出した。寮に着いて、２人は手を離す。

『一緒にいると癒される、あたたかい』
『このままずっと一緒にいられたらいいなぁ』

　拓郎と彩葉、２人の心の声が２人だけの空間に満ちる。拓郎の心の声を聞いて照れた彩葉同様、彩葉の心の声を聞いて、拓郎も照れたようだった。

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