ある気まぐれな空模様｜リアクション

ある気まぐれな空模様

　美崎岬は、大好きな霧谷朧の姿を見つけて、嬉しくて思わず走り寄った。
「やっほー朧ちゃーん！　今日も可愛ひゃあ！？」
　突然、強い風が吹いて、岬は転びそうになった。転ばずにいられたのは、咄嗟に朧に手を掴まれて支えられたからだ。
「大丈夫？」
「うー、ごめんなさいね。つい脚のこと忘れちゃうのよねー……」
　ぽつりと、雨粒が岬の露出した肌に落ちる。
「わ、雨？」
　快晴の天気はいつの間に崩れたのだろう。ぽつりぽつり降り出した雨を見て、岬は楽しそうに笑みを浮かべた。
「ホントここって、日替わりで色んなことが起こるわよね」
　名残惜しかったが、岬は掴んでいた朧の手を離した。

『悪戯好きな所も可愛いなあ。私も悪戯されたい』
『美崎さんといると安心するんだよな……』

　聞こえたのは岬の声と、朧の声。しかし、岬には喋ったつもりなどない。自分の心の声が漏れたのには驚いたが、それ以上に朧の声に驚いた。朧も、岬の声が聞こえたようで、驚いた表情である。
「えっ、本当、朧ちゃん！　ねえねえねえ？」
　岬は凄く嬉しくて、一度は離した朧の手を、思わず再び取った。先程手を取ったときに降っていた雨は止み、空には晴れ間が広がっている。
「お、俺、何も言ってねーし！」
「何も言ってないの……？　空耳かあ……」
　残念そうに呟いて、岬は朧の手を離した。

　岬の手が離れて聞こえたのは、確かに岬の声だった。

『朧ちゃんの瞳もとっても素敵。優しい眼差しね、大好きだわ』
『もっと美崎さんと仲良くなりたいのに……』

　しかし同時に、言ったはずのない朧の声も漏れ出す。朧の声を聞いて、岬は驚いたようで、一瞬固まった様子が見て取れた。
「そんなことないっ！　俺なんて……」
　恥ずかしくて、朧は目を逸らす。
「朧ちゃん」
「だ、だから違うってば！　な、なしてこんな……俺帰るし！」
　朧は繋いでいた岬の手を離して、岬がいるのとは逆の方向へ足を向ける。空には灰色の雲が広がり始めていた。
「あ、待って！　違わないわよ、ねえ！」
　慌てて岬が朧の手を取り、引き留めた。その手を振り払うことができなくて、朧は踏み出そうとした足を止め、岬の方を向く。朧は怖かった。これ以上、朧の中身を知られてしまったら。嫌われてしまったら。

『嘘とか言ったけど、美崎さんとずっと友達でいたい！』

　心の声は朧の気持ちなどお構いなしに漏れ出す。こんな、いらない奴なんかに友達ができるわけがない。朧は俯いた。
「嫌でしょ？　嫌なら言って。そしたら俺言わないから。だから……何も言わないで離れないで……」
　俯いて、涙声で。朧は岬に告げる。無視されるよりは、はっきり言われて離れられていく方が良いからだ。そんな朧の耳元に、岬はそっと唇を寄せた。
「……ね、私のも聞いて？」

『朧ちゃんもそう思ってくれてたなんて、私嬉しくって！』

　岬の心の声が、朧に届く。
「ね？　嫌い？　どうして？　そんな訳ないわ！」
　岬は繋いだ朧の手を離さぬようしっかりと、それでいて大切なものを扱うように、握った。
「大丈夫、朧ちゃんが嫌いって言っても、私は離さないんだから」
　岬は続けた。私の愛は嘘じゃないのよ？、と。だからそんな顔しないで、と。どんな顔をしていたのだろうと、俯いた顔を上げれば、優しく微笑む岬と目が合う。
「どんな朧ちゃんも好きだけれど、朧ちゃんが悲しいと私も悲しいわ」
　ふわりと包み込むように、朧は岬に抱きしめられた。拒む理由なんてない。抱きしめてくれた岬の身体は温かくて、この感覚は嘘じゃないと思えた。
「不安ならもう一回繋ぐ？」
「手繋ぐって、本音聞きたいだけじゃん」
「……あら。ばれちゃった」
　手を繋がなかったのは、照れ隠しではない。今度はちゃんと自分の口から言いたいのだ。朧は、岬の目をしっかりと見つめ向かい合った。
「ありがとう、これからもよろしく」
「うふふ！　こちらこそよろしくね、朧ちゃん」

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