寝子召地蔵と涙の川｜リアクション

寝子召地蔵と涙の川

　砂掛谷駅の寝子召地蔵が涙を流していたら、むかしの自分と会える合図。花風冴来がそんな噂を聞いたのはどこでだっただろう。いつのどんな自分と会えるのかも分からないが、もし会えるのなら、会ってみたい。それを何故と聞かれたら、答えられない冴来がいた。

「わ……ぁ」

　まばたきひとつの間に変わっていた光景に、冴来は息を呑む。そして。

＿＿本当に、私だ……

　子供服にしては華美なワンピースを着た……いやきっと着せられた、五歳くらいの幼女の姿。冴来は知っている、あれは本当に自分、ヒトではなくてモノだった頃の自分だと。悔し涙とも哀しい涙ともつかない涙を流すその様を、しばらくの間、ただ見つめることしか冴来は出来なかった。

　幼い冴来は泣きながら、必死に石を積み上げている。もちろん、河原の石が綺麗に積み重ねられるわけもなくて、ある程度のところまでは重なるけれど、あるときいっぺんに崩れてしまう。何度も、何度も。息を止めて懸命に積み上げたそれが崩れるのを見るたび、幼い冴来は堰を切ったようにまた泣きだして。ずっと、その繰り返しだ。それでも石を積み上げることをやめようとしない姿に、冴来はとうとう声をかける。ふしぎと、ここでならうまく声が出せる気がした。

「どうして……石を、積んでいるの……？」
「……かえりたい、の……」

　この石を積み上げて、空まで届かせたいのだと、幼い冴来はたどたどしい涙声で冴来に語る。

「どこに、帰るの……？」
「てんごく……」

　天国には神様と天使がいて、きっとやさしく出迎えてくれるから、そうしたら寂しくない、今の世界はさみしすぎるのだという。幼いこどもに、行ったことすらない、あるのかどうかすら分からない場所に”帰りたい”と言わせたあの頃の世界はどんなに、どんなに冷たいところなのだろう。それを身にしみて知っている冴来は、幼い冴来がまだ石を積み続ける様を見ていられなかった。ただひたすらに、哀しくて、苦しくて。もういいよ、もう。

「今は、私が……私が一緒にいてあげる……だから」

　石を拾おうとしたいたいけな指をそっと握り、冴来は幼い冴来を抱きしめる。

「ほら……こう、したら……寂しくない、でしょう？」
「……」

　もう、泣かないで。思いを込めながら、何度も髪を撫でる。大丈夫、きっと何もかもうまくいく日が来るよと祈るように。

「ね……笑って？　女の子の武器はね、涙じゃなくて……笑顔なの」

　それは幼い冴来への言葉でもあっただろうが、冴来自身へ言い聞かせているようでもあった。

「笑えたら……かならず、いいことがあるの……。泣いたら、そのぶん、楽しい話をたくさんしよう……？　だいじょうぶ、私は貴女のことがね……だいすきよ」

　嗚呼。
　幼い自分には素直にそう言えるのだ。

　冴来は何故、何故寝子召地蔵の噂を聞いて、幼い自分に会いたいと思ったのか。
　その答えのひとつが、言葉になっていた。

　どうか幸せであるように。
　たとえ一筋でも確かな光が、今も冴来を包む果てない闇を照らすように。
　祈りはまだ、祈りのままだけれど。