寝子召地蔵と涙の川｜リアクション

寝子召地蔵と涙の川

「えっと、こっちは川の上のほうで拾ったやつ、こっちは下で拾ったやつ。下で拾ったほうがちいさくてつるつるしてる、何でかな」

　来たことも無い河原で、幼い頃の八神修が夢中になって石を集めて、積み上げている。それを眺める今の……高校生の修は、地蔵菩薩と河原……賽の河原の言い伝えを知っているだけに、何か暗く哀しい事情があるのではないかと、心配げに幼い修に近寄った。

「お兄ちゃん、何？　僕、忙しいんだけど」
「いや……こんなところで石を積むなんて、哀しいことでもあったのかなと思ってな」
「それ、固定観念とか先入観っていうんだよ」

＿＿おやおや

　可愛げがないと言うべきか、賢いと言うべきか。だが確かに、幼い修は実に楽しそうに石を分類しては積み上げることに夢中になっている。時折何かひとりごとを言ったり、手を止めてじっと考えこんだり、そしてまたスイッチが入ったように黙々と石を手に取り分類していったり。
　見る限り、この幼い修は六歳かそこらだろう。八神家に来たばかりで、勉強で得る知識、本の中の世界だけがよき友人だった頃の姿だ。石を分ける姿に科学的な探究心の芽生えを見た修は嬉しくなって、ここはひとつおとなの見本として、少年のかわいい学者魂につきあってあげようかと腰を据える。

「石にも色々なのがあるね。川の上ではごつごつしてて、下ではつるつるして丸かったのは何で？　石の種類で違うの？　どこからどこまで川を流れたら丸くなるの？　どんなところを流れたら早く丸くなるの？」
「まあ待て、ひとつずつ解決していこう。まず、川を流れたら石は丸くなる。これにはもう気づいてるってことだよな？」

　川の石が水の流れによって研磨される仕組みの解説を、幼い修は楽しそうに聞き入る。プラスチックの筒に石と水を入れた装置を作り、それを鹿威しのように左右に傾けることで川が石を研磨する環境をシミュレートすることが出来ると教えたときの瞳の輝きに、修も思わず目を細めた。

「勉強熱心だな。将来は何になりたいんだ？」
「立派な大人！」

　即答してみせる潔さに、答えの万能さに、またも修は舌を巻く。我ながらこんなに賢い子供だったかなと疑わしい目で見るが、幼い修のまっすぐな眼差しと鋭い問いかけがそれを遮る。

「お兄ちゃんは？　なりたかった大人になれてる？」
「……そうだなぁ……二つ、道があってさ。考えているところなんだ」
「ふうん。シミュレートしないの？　さっきの川の石みたいに」

　咄嗟に答えられない自分がいて、苦笑い。だがそれすらもまっすぐに立ち向かおうとする幼い自分の姿に勇気づけられる修もまた居た。

「ねえ、遊ぼうよ」
「よし、川に入るか。海と違って冷たいから、準備運動はしっかりな」
「わかってるよ！」

　この幼くまっすぐな眼差しに恥じない大人になれているだろうか、これからなることは出来るだろうか。そんなことを思いながら、修は靴を脱いでズボンの裾をまくる。それでも今日だけは、六歳のつもりで楽しもう。修と、幼い修の朗らかな笑い声は、寝子目地蔵にも届いていただろうか。

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