ドラゴン喚ぼうぜ！【蛤】｜リアクション

ドラゴン喚ぼうぜ！【蛤】

　　【栄養欠損少年と料理の女神×２(幼女含む)】

　樋野秀吉は今「お花畑の楽園浄土」が見えていた。
　もっと簡単に、かつ有り体に言えば「まさに、死にかけ」だった。
　女性下着ガン見という重大な罪により、鼻血を噴いたまま樹に逆さ吊りを食らい、
　ビームの嵐から必死に身をよじって直撃をかわし、
　何とか忘れ去られずに開放されたは良いものの、この世界のろっこん──否、それ以上に日常生活の貧困によりお腹がすいてすいて堪らない。

　「やばいッス……俺、本気で死ぬかも……」
　呟いたが矢先、
　秀吉は天が自分を見捨てていなかった事を知る。

　恐らく同い年位だろうと思われる少女、綾辻綾花と幼児状態で指をくわえてよだれを垂らしかけている白沢絢子先生が皿に乗る程度の大きさのハマグリの切り身を持って現れたのである。
　もちろん、秀吉にはその幼女が自分の学校の先生である事は分からない。
　しかし、指をくわえて切り身を見つめるその気持ちは泣きそうなまでに理解が出来た。

　運ばれる食材に、秀吉はお腹がなりそうなのを必死に抑えて、普段は奥手な秀吉も思わず声を掛ける。
　「刺身にしたら、うまそうッスね……」
　幼女、白沢先生も同意するように頷いた。
　「あ……ハマグリは、生で食べると危険なんです。
　だから、熱を通した調理をしようと思って」
　そう言いながら、シンクの下にあった調味料を確認する綾花。
　「わ、これなら酒蒸しと天麩羅まで作れそう……！」
　調味料の完璧なまでのラインナップに綾花が思わず声を上げる。
　「ハマグリの酒蒸しに、天麩羅……！」
　秀吉はそれを聞いて驚愕した。

　秀吉が今住んでいるねこじま荘に入ってから大分と経つ。
　しかし、管理人さんが家賃滞納でも人を追い出さない代わりに、出てくる料理はいつもいつでも最低限。
　小柄ながら食べ盛りの秀吉にはそれらは到底足りるものではなく。
　しかし、かといって外食をするお金すらない現実が壁の如く立ちはだかる。

　ファーストフード？　贅沢だ！　
　３５０円のお弁当？　財布の中身は１０円玉から１円玉までだ！

　……これは、確かに死を覚悟してもおかしくない生活であった。

　そんな中で、ハマグリの天ぷらに酒蒸しである。
　秀吉にとっては、それらは高級料亭の１品に等しかった。
　是非食べたい、何としても食べたい。
　白沢先生と同じく、こちらまでよだれを垂らしたくなるのを必死に堪える。
　「あーちゃんも、料理できるもぉん。
　おてつだい、するんだからぁ～」
　幸せそうに、それでも切実に訴えかける幼児の言葉に秀吉も我に返る。
　「あ、あの……。俺も、手伝っても……いいッスか……？
　俺、不器用なんで……包丁とか、怪我しそうッスけど──
　……俺、頑張って手伝い、ます」

　ぐーキュるるる

　余りにもタイミング悪く、言葉と共に、秀吉の腹の虫が一気に鳴った。
　「お兄ちゃんも～、あーちゃんといっしょだねぇ～」
　その音と、幼児化した白沢先生の言葉に、最初は驚いていた綾花も小さく噴き出した。
　「それでは、一緒に作りましょうか。
　包丁も、きちんと持ち方さえ覚えてしまえば安全なんですよ？」
　「あざ……ッス……
　ちなみに……今の腹の音は……」
　「聞いていませんし、誰にも話しません」
　綾花は唇に軽く人差し指を当てながら、名前に相応しい花のように、可愛らしく微笑んだ。

　それからの秀吉は頑張った。
　幼稚園児の服を着た白沢先生の方が包丁の扱いが上手かった等の様々なカルチャーショックを受けながらも。
　綾花の余りの料理の手際の良さに、時折見とれたりしながらも。

　料理は見事に完成した。
　「俺、料理は食う専門だったんスけど……作るのも……
　案外、楽しいかなって……思ったッス……」
　秀吉は、新しい楽しみを見つけたように、感慨深くそう呟いた。　　

　【ハマグリの酒蒸しと、天ぷら完成！！】