故郷での夏休み｜リアクション

故郷での夏休み

●陰ながら見守る大きな存在

　楽しかった帰省を終え、洋美は、寝子島に帰ることに。
　洋美の母は、地元を満喫した娘を見送りに駅のホームまでついていった。
「今度はいつ帰ってこられるかわからないけど、また来るね、お母さん」
「次は、電車を乗り間違えないようにね？」
「意地悪……わかってるって」

　そんな母と子の様子を、物陰に隠れてじっと見ている人物が。
　５０代とは思えないガタイの良さ、スキンヘッドはともかく、右腕に彫られた刺青は普通とは程遠い。
「駅で見送りか……懐かしいシチュエーションだな」
　低い声でそう呟く松崎竜平は、わざわざ寝子島にきたある人物に見送りに顔を見せに来てほしいと言われたことを思い出す。

『あの子、明日の朝一で出るから……。まぁ忙しかったら来なくていいよ』

　そう言うだけ言って、その人物はどこかに行ってしまった。
（忙しくても見送りに行くつもりだ。そう思っていたが、いざとなると顔を出しづらいものだ……）
　結局、竜平は洋美の見送りに行かなかった。
（あの日、俺はあいつと別れると決めたんだ。お互い、決意が鈍るようなことはできなかったからな）
　もう二度と会うことはない。こんな思いは二度とするまい。
　別れたあの時はそう思っていたが、気になったので、鹿島母子に気取られないよう、こっそり見送ることにしたのだ。
（……行っちまったか、とりあえず、連絡は入れておくかな……）

　携帯をズボンのポケットから取り出すと、どこかに電話をかけた。
「俺だ。今また、こうして連絡を取り合うことになるなんてな。世の中わかんねーもんだな」
『ま、私も二度と接触する気はなかったんだけどね……ほら、あの子、ああでしょ？』
　話している相手は、洋美の母だ。かつては恋人だったが、ある事情で別れた。
　中学を卒業してから極道の世界に飛び込んだ竜平は、今では組の古株で、組長の右腕だ。
　そのようなこともあり、いつ命を落とすかわからない危険と背中合わせの生活を送っている。
　恋人と一緒になることも考えたが、危険に晒したくない。そんな思いが、別れるきっかけになったのだろう。
「まぁ、分かる……。この何ヶ月か、いろいろ手を打ってあの子を見てきたが、危なっかしいな」
『思い立ったら、自分のことほったらかしで他人の世話焼いちゃう子だからねぇ……誰に似たんだか』
「ほっとけ……。ただ、あの子を悪く言う奴は一人もいねぇ。本当に、いい子に育ててくれたんだな」
　女手ひとつで良く育ててくれた、ありがとう。口にするのが恥ずかしいので、心の中でそう感謝する。
『別にあんたのために育てたわけじゃないし。私なんて、ほったらかしにしてたほうよ。ただ、もともと持っていたものが良かったのよ。後はめぐり合わせ的な？』
「随分とアバウトだな……それじゃあ切るぞ。今日も仕事があるんだ」
『わざわざゴメンネ。あ、そういえばさ、あの子の彼氏ってどんな子？　最後にこれだけでも……」
　どんな子だなんて言えないので、無言で電話を切った。
（あ、切りやがった。あの人と同じ筋の子なのかしら）
　電話を切られた洋美の母は、娘が言っていた『大事なあの人』がどのような人物なのか、ますます気になった。

「俺はまだそういうの、認めたつもりはねぇからな」
　洋美の大事な人がどんな人物か知っているのもあるが、存在を隠しているとはいえ、娘に恋人ができる複雑な父心も。
（会ったこともないのに、こんな気持ちになるとは……）
　これが父親の心境なのかと苦笑する。
「さて、俺も寝子島に戻るとするか」

　自分から身分を明かすまでは、洋美を陰ながら守る存在であろう。
　そう決意した竜平は、ホームを行きかう人混みの中へ。