故郷での夏休み｜リアクション

故郷での夏休み

●暴走する妄想

「来てしまった……」
　なんやかんやで、結局、桃原空音の実家に連れてこられた邪衣士だった。

　空音の家族は、祖母のトシ江、父の昭次郎、母の文子、弟の「ゆーくん」こと勇輔の４人。
　母はアシスタントのため不在だったが、それ以外の家族は士を歓迎してくれた……ように見えた。
（俺、歓迎されているのか……？）
　士がそう思うほど、何やら妙な雰囲気が漂っている。
「私や娘に似てお転婆な孫ですが、よろしくお願いしますねぇ」
「こちらこそ」
　トシ江は普通の人と思われているようだが、実は腐常識人である。
「空音、成績表持ってきたかい？」
「え？　あ、う、うん……」
　カバンの中からそっと出し、何を言われるのかとビクつく空音。
「悪いわけじゃないけど、ちょっと成績が落ちてるねぇ。向こうの島はそんなに楽しいのかい？」
　苦笑して訊ねる祖母に「すっごく楽しいよっ！」と空音は即答。

「ねーちゃんが帰ってきた。メンドイ。って、ねーちゃんに彼氏……！？」
「あばば……私の娘に彼氏……！？　どうしよう文子ぉ……！？　めぐりちゃん……！？」
　不在な妻はともかく、萌えキャラに話しかけるとは……。
「桃原、めぐりちゃんって誰だ？」
「エロゲヲタのお父さんが萌え～！　なキャラだよっ！」
「そ、そうか……て、俺、彼氏じゃないですから……」
　彼氏じゃないですから、という言葉が聞こえていないのか、昭次郎は「娘に彼氏が……」と茫然。
　ゲームヲタな勇輔は「ああ、二次元から来た彼氏ね」と言い出す。
「って、みんなして何！？　士くんは彼氏じゃないから！　友達からなんだからね！？」
「いや、俺は三次元の住人だから！　アイアム３Ｄ！！」
　３Ｄの使い方間違ってね？　と呆れる勇輔。
「空音……彼氏とはどこまでいったんだ……！？」
「どこまでって、溺れた時に人工呼吸された程度だけど……」

「な、何ぃー！？」
　人口呼吸＝口から口への呼吸＝キス＝結婚式、という法則が昭次郎の頭に真っ先に浮かんだ。
　それだけでなく、エロゲのような展開まで……。
　妄想しすぎたのか、昭次郎は鼻血が出てしまった。

「あああ！！　娘が彼氏と結婚だなんて……！！　どうしよう文子ぉ……めぐりちゃん……！？」
「お母さんいないでしょ！　死にかけショックと結婚妄想で泡吹かないでよっ！」
　恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になる空音を無視し「彼氏と結婚……」と口から泡を吹きながら、昭次郎はうわごとのように呟いている。
「あたし達はそんな仲じゃないんだって！　士くん二次元だし！　萌えないし！」
「俺は彼氏じゃないし、結婚もしていないって！！　だいたい、まだ結婚できる年齢じゃないし！！」
　ふたりのツッコミは、既に心、ここにあらずな昭次郎に通じず。
「昭次郎さんの暴走妄想は困りものねぇ。士さん、ゆっくりしていってくださいねぇ」
「はぁ……しばらくお世話になります」
　それでは、とお辞儀をした後、トシ江は燃え尽きて真っ白になった昭次郎を連れ、部屋の奥に行ってしまった。

　父と祖母がいなくなったので、空音の近くにいる男性は士と勇輔のふたりだけ。
「ねーちゃん、彼氏と俺で掛け算してない？」
「し、してないよっ！」
　というのは嘘で、実際には、時々左右を入れ替えての脳内掛け算中だった。
「その顔はしているな　て、身内と俺で掛け算するな！」
　逆水平チョップで空音に突っ込む士を見て、やっぱ、この人彼氏だ……と思う弟だった。
「弟を掛け算ネタにするなんて信じらんねー！　ゲームして寝るっ！」
　ドスドスと歩きながら勇輔が自分の部屋に戻ると、空音と士のふたりだけになってしまった。
（そういえば、ここで桃原っていったら家の人全員のことになってしまうな……。紛らわしいから、ここにいる間は名前で呼んでおくか……）