故郷での夏休み｜リアクション

故郷での夏休み

●ベトナムへようこそ

「うっわー、あっつーい……」
　ボストンバッグを肩にかけ、日本より暑いと聞いていたので半袖シャツ、短パンオーバーオールという格好で空港に降り立つ緑野毬藻仔は、少し雲が出ているのに、日本の真夏日並みの暑さに驚いた。
「ついたな。ようこそ　ベトナムへ」

　シダ美穂戸は、暑さに慣れているでケロっとしている。
　空港ロビーでは、シダの両親が出迎えてくれた。
「シンチャオ」
　毬藻仔は、笑顔でベトナム語で挨拶。基本的にお辞儀をしないベトナムでは、笑顔と頷きが丁寧な挨拶だ。
「シダ　もこもこと　ハノイ行く。買い物おわったら　家　帰る」
　両親は、家でご馳走を用意して待っているよと笑顔で言ってくれた。

　タクシーに乗ると、シダはハノイ旧市街に向かうよう運転手に伝える。
　首都ハノイは政治、文化の中心地なので、滞在中はいろいろ楽しめるだろう。
　最初に向かったのは、ベトナムの民族衣装のアオザイを扱っている店だ。
「ここが、シダさんが言っていたお店なんだね」
　アオザイはオーダーメイドが基本のため、購入には手間がかかる。
　シダは帰省前に事前に自分と毬藻仔のサイズを店に知らせ、試着、微調整した後にすぐ着られる手配。
　お揃いのデザインだが、シダは赤、毬藻仔は薄緑色と色違い。
「アオザイ、涼しいけどペラペラで透け透けだよね」
　高温多湿の気候のため衣は一重仕立てで木綿製。
　クワン（白い長ズボン）には薄い絹や人絹が用いられているので、透けるような薄い生地が多い。
「もこもこ　これ　被る」
　そう言ってシダが手渡したのは、ノンラーという円錐形の藁でできた帽子。
　手渡されたノンラーを被る毬藻仔は、これで日焼けしないと安心した。
（恥ずかしい時は、これで顔を隠そう）
　別の使い道も思いついたようだ。
「もこもこ　似合うな。かわいい。ボー（父）に食べ歩き頼まれたな」
　商品開発用に現地の食べ物を食べ歩きしてみてほしいとシダの父に頼まれたっけ、と毬藻仔は思い出した。
「いっぱい　ンゴーンしよう」
　アオザイを着ての食べ歩きは恥ずかしいが、これはこれで、いい思い出になる。

　シダはシクロ（前輪２輪、後輪１輪の自転車タクシー）をチャーターし、屋台に行くよう頼む。
　街中でのアオザイ姿は珍しいので、観光客にカメラを向けられたりした。
（日本でいうなら、振袖きて街中を歩いているようなものだから珍しいんだろうねぇ）
　写真を撮られた毬藻仔は、そんな感じなんだろうなと思うと恥ずかしくなってきた。　
　
　屋台に着くと、先ほどまでの恥ずかしさを忘れ食べ歩きを楽しむふたりだった。
「そこの屋台　生はるまき。人気ある。食べよう」
「うん！」
　生春巻きはベトナム料理の代表だ。本場で食べる生春巻きは、とても美味しかった。
「こっちの店　バインミー（ベトナムのサンドイッチ）」
　柔らかめのフランスパンにバター、レバーペースト等を塗り、甘酢づけの野菜、コリアンダー、輪切りの赤唐辛子、ハムなどをはさんだバインミーをおいしいと喜ぶ毬藻仔に対し、シダは物足りない様子だった。
「もこもこ　作ったやつのが　おいしいな」
「そうかなぁ？　そう言ってもらえると嬉しいな」
　
　最後は冷麺。
「シダさん、これ食べてみよっ」
　暑いので、冷たいものが食べたくなった。
ベトナム風冷麺はヌクマムという魚醬（タイのナンプラーのような）が入っていて、甘酸っぱいが醬油を食べる日本人には合いそうな味だ。
「いいよね、これ。お店で出せるかも」
　つるつる米でできた麺をすすりながら、毬藻仔は美味しそうに食べる。
「ヴァン　出せる」
　締めは食後のケム（アイス）。
「ンゴーン。もこもこ　おなか　たまってきたか。シダにまかせろ。のこしても　シダ食べる。大丈夫」
　そう言って、毬藻仔の顔についたアイスを指で掬うと舐めた。

　食べ歩きの後は雑貨屋へ。
「ビーズバック　かわいい。ヴァン　安い。もっと安くなる　呪文ある。ボッドゥオクコン。意味は　まけて」
　お揃いのビーズバッグを買う際、毬藻仔は教わった呪文を試す。その効果もあり、思ったより安く買えた。
「焼き物は　明日　仕入れといてって。バッチャンで　買おう」