「固まるのはロウより早いんだ。どうしてだと思う？」

　台代わりのペットボトルのふたの上に置いた自分のエッグキャンドルを見せながら、八神 修は理子にそう教えた。その横には、理子が作っているキャンドルが並べてある。
　修のものは蝋ではなく、溶かしたキャンドルジェルにアロマを少量垂らしたもの。同じように作って、大きさも変わらないのに、わずかながらジェルの方が固まるのが早い。
　どうして、と問われて理子は戸惑った顔になる。そんな理子に、ふ、と修は苦笑して理子の頭をぽん、と撫でた。

「じゃあ考えて、調べてみないとな。それから、そもそも物質の融解と凝固ってどういう現象？　……まで突っ込めたら、良い自由研究になるんじゃないか？　余ったキャンドルジェルをあげるから同じ量・同じタイミングで実験してみると良い」
「バケツプリンも固まるのだ、粉ゼラチンが入ってるのだ♪」

　固まる、という言葉を聞いた後木 真央が嬉しそうに言いながら、2人の間に割って入った。流石に量も大きさも規格外のため、ゼラチンをたっぷりと混ぜる事になったバケツプリンは、後は冷蔵庫で出来上がるのを待つだけだ。
　その、バケツプリンの作成過程を持参の特別なデジカメとインスタントカメラで撮影した画像は、後で理子にデータも含めてプレゼントする予定。自由研究に役立ててもらえたら、真央としても嬉しい所だ。
　そう力説する真央の言葉に、それも面白いな、と修はワイヤーとビーズで小さな輪を作りながら笑う。ジェルキャンドルが完全に固まったら底にボンドで張り付けて、土台にするのだ。

「底はビーズで重いから殆ど装飾だけどな」
「可愛いのだ♪　真央ちゃんも芯通して、きっちりセロハンテープと粘土で塞いだのだ♪　いよいよ蝋投入なのだ♪」
「………ッ」

　そんな風に、着々とキャンドル作りを進めている友人達を見て、桃川 圭花は静かに、だが確実にぴきりと表情を引き攣らせた。ちなみに彼女はまだ、卵の殻に注ぐ蝋に色を着ける、という工程で四苦八苦している。
　ぎり、と奥歯を噛み締めて、圭花は静かにやる気を漲らせた。周りの様子を気にしながらも、まだ慌てるような……と自分に言い聞かせていたが、そろそろ本気で慌てた方が良さそうだ。

「やってやろうじゃないの、見てなさい！」

　誰にともなくそう呟きながら、真剣にクレヨンを削る。不器用な自覚はあるものの、やるなら徹底的にやりたくて、キャンドルの蝋も自分で作りたくなったのだ。
　絶対に、修達と同じくらい――否、それ以上のキャンドルを作ってみせる、と意気込む圭花とは正反対に、桜庭 円はテーブルの上に座るにゃーくんをじっと見つめていた。もっとも、その表情は楽しげながらも真剣だ。
　色んな色の蝋を作ってみた結果、にゃーくんをモデルにキャンドルを作ることにした円は、だいだい色の蝋をメインにキャンドルを作ることにした。失敗した時の事も考えて幾つか作っておいた方が、と伊都子さんに奨められたので、ひとまずは3つ作ってある。
　固まったそれらの皮を剥いた今は、白い絵の具で着色をしている所だった。にゃーくんの方も心得ているのか、テーブルの上にちょこんとお澄ましさんで座り、大人しくポーズを取っている。

「白と茶色でシマシマーって感じになるのかな」
「可愛いと思います」

　円の独り言のような呟きに、しっかりと頷く綾辻 綾花もまた、作っているのは猫のイラストのキャンドルだった。何しろ今日だってそもそもは、猫の小物を見に『somnium』へ来たのである。
　もちろん、綾花もキャンドルを作るのは初めてだけど、キャンドル自体は節電のために使う事があるから、どこか馴染みがある。キャンドル自体も、灯した炎もとても綺麗だし、電気代もかからないし、と良い事尽くめだ。
　そんな事を考えながら、円のキャンドルを見ていた綾花は、ふと思いついて伊都子さんを振り返った。

「殻って蝋でくっつくものですか？　三角にしてくっつけると、猫耳に出来そうですけど……」
「出来るわよ」

　そんな綾花の疑問に、伊都子さんはにっこり微笑み頷いた。といっても固めて留めるだけだから、接着剤のようにがっちり留まるわけではないという。
　そう説明をして伊都子さんは、綾花と円の手元のキャンドルを見比べた。そうして、きっと耳が付いたら可愛いわね、と微笑んだのに、やって見ます、と張り切って頷いて。
　そうだ、と脳内に浮かんだ閃きに、円はこっそりと理子を手招きした。

「理子ちゃんも、高明さんと伊都子さんをモデルにエッグキャンドルつくってみない？　肌色基調に、絵の具で顔と、お洋服と髪の毛をかいたらそれっぽくなると思うし、喜んでくれるんじゃないかな？　……今からでも間に合うよ、ね？」

　そうして理子にささやいた後、ふと不安になって尋ねた円に、綾花は大きく頷いた。そんな2人を見比べて、うーん、と考えていた理子がひょい、と眼差しを上げる。
　それから、お姉ちゃん達も、と言った――余談ながら彼女は、円の希望も受けて本当に皆をお兄ちゃん、お姉ちゃん、と呼んでいる。

「――お姉ちゃん達も手伝ってくれる？　写真を撮るのとか」
「もちろんです」
「そうですか……理子ちゃんは高明さんと伊都子さんの絵を描かれるんですね……」

　理子の言葉に、綾花はどこか嬉しく頷いた。それを聞いていた御巫 時子も、ヨタカさんの絵を描きながらどこか、感慨深く頷く。
　うん、と両手をぐっと握って頷く理子に、私にも何かお手伝いできますか？　と尋ねれば、写真！　と声が返ってきた。どうやら理子はよほど、写真を撮るのが苦手らしい。
　ふふ、と頷いて時子もまた、作りかけの2つのキャンドルをひとまず置いて、立ち上がった。その拍子に、キャンドル作りの様子を見に来た高明さんが、伊都子さんに何やら話しかけているのが視界の隅に映る。
　いつも仲睦まじく幸せそうな木原夫妻を見るたびに、時子はほっとして、知らずほわりと心が和むのだった。もっとも仲睦まじいと言えば、今日はあちらのお2人も仲睦まじいようですね、と控えめに見やった先には少しだけ近い距離で向かい合い、互いを見つめている紅林 柳霞と荒井 景貴の姿がある。
　他愛のない話をするのが楽しくて、どちらからともなくもう少しだけ、と冷蔵庫で固まった蝋が、今度は常温に戻って殻に水滴がつかなくなるのを待っていて。もうそろそろかな、と思いながら柳霞は景貴に尋ねる。

「景貴さんはどんな絵を描くの？」
「色々と考えている所ですが……柳霞さんはもう決めているんですか？」

　柳霞の言葉に少し首を傾げて、景貴はそう質問を返した。それに、私は景貴さんに似たキャンドルにしようかな、と笑ってみせる柳霞だ。
　固まれば白くなる蝋を、さらに白く染めようと白いクレヨンを削ったのは、それがコックコートの色だからだ。景貴がお店でいつも身に着けている、彼そのものを思わせるような仕事着。
　そう、笑って言った柳霞の言葉が嬉しくて、けれどもどこか照れくさくて景貴は少し赤くなり、笑って「ありがとうございます」と礼を言った。それから、本当は自分も柳霞さんに似たたまごさんを作れるように頑張ろうと思っているんです、と告げると今度は柳霞の方が赤くなる。
　そんなどこかくすぐったくて心地よい時間は、いよいよ卵の殻に絵を描く、という段になっても変わらなかった。むしろ、お互いの顔を何度もちらちら見ながら絵筆を動かしているから、ますます気恥ずかしい気持ちになってくる。
　幾度目かに目が合って、景貴はついに小さな息を吐き、申し訳なさそうに頭を下げた。

「すみません……。何度も見つめてしまって……」
「ううん。だって、私も景貴さんを見てたもの」

　そんな景貴に、ふる、と柳霞は首を振って嬉しそうに微笑む。卵の殻に描いている『景貴』は、適度にデフォルメをしているけれども、だからこそまるで彼そのものみたい。
　そういうと、ありがとうございます、と嬉しそうに景貴もまた微笑んだ。それから、柳霞が良く見えるようにと、少し顔を上向かせ気味にしながら再び、絵筆を動かし始める。
　それに柳霞も、ありがとう景貴さん、と微笑んだ。そうして、今度は彼が今日着ている服を描こうと、同じ色の絵の具を筆にのせた。