Night aquarium｜リアクション

Night aquarium

　開館から少し時間が過ぎた頃、ペアチケットを係員に渡したのは燕城寺智慧と廻春告だ。
　クールな表情からは伺えないが、少し落ち着きのない智慧が薄暗いけれど色とりどりにライトアップされた通路を歩く。

「なぁ、燕城寺」
「はい、なんでしょう廻さん」
「やっぱり俺なんかより女友達とか誘って来た方が良かったんじゃないか？」
「いえ、私はまだジュースを頂いたご恩をまだ返していませんでした。燕城寺の者として受けた恩は返さなくてはいけません」

　大真面目な顔で智慧にそう言われ、春告は七夕の時にジュースをあげた事を思い出す。
　たかがジュース一本、されどジュース一本。なんと義理堅くできた娘さんかと春告が感心しながら智慧を見た。

「そう言うことなら任せてくれ。その厚意を無碍にしない為に、俺の持てる全てをかけて！　全身全霊で！　水族館を楽しんでやる！」
「はい、私は水族館は、その……恥ずかしい話ですが初めてですので……詳しく案内などは出来ないのですが」
「誰にだって初めてはあるさ、俺だって小さい頃に一度だけ行ったきりだし。折角だし、一緒に楽しもうぜ」
「えぇ、よろしくお願い致しますね」

　礼儀正しくお辞儀をする智慧に、本当は自分もかなりワクワクしているけれど智慧にそれを悟らせないようにリードしようと春告は心に誓う。だって恥ずかしいし、自分は男だし……少しくらい格好つけても罰は当たらないはず。
　半歩だけ前に出て、智慧をリードするように春告が歩き出すと、それに智慧が続いた。

　少し整えてすっきりさせた髪を弄りながら、水族館前の喫煙所で煙草を吸っているのは藤谷美鶴だ。時折アンティーク物の懐中時計を見ているのは待ち合わせをしているからだろうか。
　ふーっと紫煙を吐き出すと、灰皿へと煙草を落とす。そうして前方から走りながら自分に手を振る三ッ川真衣へと手を振り返した。

「遅くなってゴメンねー！　お店の閉め作業してたら思ったより遅くなっちゃって」
「いーのいーの、気にしないで。お、さすが本職、今日も綺麗なネイルねー！　水族館仕様？」

　自分を拝む様な真似をする真衣に笑って、美鶴がその涼やかな爪を褒める。深い青から白い波のようなグラデーションを描くそのネイルは、一瞬目に映るだけでも印象的だった。

「そ、今日の空き時間にちょっとやってみたのよ。今度美鶴にもやってあげよっか」
「嬉しいけど、職業柄すぐ落ちちゃいそうな気がするよ」
「ペディキュアなら大丈夫よ、遅れたお詫びに今度やってあげるわ」

　他愛ない会話を楽しみながら、ゲートへと向かう。

「やっぱり夜の水族館ってちょっと幻想的よね、またこのライトアップが控え目だけど綺麗で見惚れちゃうわ」
「癒し空間って感じ？うちの病院も取り入れてみようかな」

　真衣の言葉に美鶴が冗談とも本気とも付かない事を言い出すと、真衣が首をぶんぶんと振った。

「美鶴がやるとなんかお化け病院みたいになりそうだから止めた方がいいわ……あ、イルカショーの席取りいきましょ！　折角だから前の方で見たいじゃない？」
「そうかな……あ、そうね。人気みたいだから早めに行こうか」

　二人はイルカショーが行われるプールへと向かう。その足取りはとても軽やかで、寄せては返す波のようだった。

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