夜のお散歩｜リアクション

夜のお散歩

　斗南が足を止めた。見つけた暗がりに跳び込むと手早く仮面を被り、元の道に戻ってきた。
「そこで何をしている」
「ん、ボクのことかな」
　自動販売機の裏側に手を突っ込んでいた新井すばるが声の方へと振り向いた。仮面を装着した斗南に、お祭りの帰り？　と首を傾げて聞いてきた。
「自販機荒らしだな」
「ち、違うよ。ボクは夏休みの宿題の虫観察を手伝っていただけだよ」
　すばるは立ち上がって弁明した。これ見てよ、と茶色の半袖シャツに袈裟掛けした虫かごを指差す。
「虫かごは偽装かもしれないだろ。それに手伝いで、どうして一人なんだ？」
「夕飯のあとに眠くなったみたいで、そのぉ、起こすのもなんだし、ボクだけで虫取りにきたんだけど、信じてくれるかな？」
「作り話に聞こえるが」
　すばるは眼鏡の中央を指で押し上げた。パイプを握るような手を口元に近づけて息を吐いた。
「うん、そうだよ。アミの中を見ればわかってくれるよね！」
「なにをするつもりだ？」
　すばるは自動販売機に向き直り、裏手の側溝に置いていたアミの柄を握って一気に引きずり出した。中には黒々とした虫が一塊になって蠢いている。
「ほらね、ちゃんと虫取りをしてたでしょ」
　すばるは笑顔でアミの中の塊を斗南に差し出した。
「コクワとかマイマイカブリが捕れてるね。ムカデは毒があるから触らない方がいいよ」
「ちょ、ちょっと待て。わかったから、あまり近づけるな」
「虫はダメな人なの？」
「そうじゃないが、量を考えろよ。僕はもう行くからな」
　斗南は踵を返すと足早に歩いた。遠ざかる背中にすばるが声を掛けた。
「キミのその仮面も十分に怪しいから、早く取った方がいいよ」
　わかったよ、というかのように軽く手を上げて適当に振った。
「ムカデはボクも苦手かな」
　必要な虫を選り分けて虫かごに収めると、すばるは次の目的地に向かった。
　訪れたのはガソリンスタンドで、すでに今日の営業を終えていた。カエルの鳴き声が相当に大きい。近くには池があるので水生昆虫の発見も期待できる。
　敷地の境界に当たる雑草の部分を重点的に探した。楕円の黒い物体がそこかしこで活動している。すばるは少し残念そうな顔をした。
「ガムシばっかりかー。タガメやゲンゴロウがいるといいんだけど」
　三十分ほど粘って諦めた。中腰の姿勢が続いたので額には汗が滲む。
「コンビニでアイスかな」
　すばるは歩き出した。その中、虫かごやアミを改めて見た。
「ちょっと恥ずかしいかな」
　照れ笑いを浮かべながらも足を止めることはなかった。